概説
『パサジェルカ』は、アンジェイ・ムンクが監督した1963年のポーランドのドラマ映画である。ポーランド語の原題『Pasażerka』は「女性の乗客」を意味する。
第2次世界大戦中のアウシュヴィッツ強制収容所における2人の女性、ドイツ人の警備員とポーランド人の被収容者の関係を、回想的な語りの形式で描いている。
ゾフィア・ポスムイシュのラジオドラマ『45番船室の女船客』(1959年)が原作。
言語はポーランド語。モノクロ。62分。
あらすじ
1960年代初頭、アメリカ合衆国に住むドイツ人女性のリーザ(アレクサンドラ・シロンスカ)は、アメリカ人の夫ワルター(ヤン・クレチマル)とともに、大西洋航路定期船で故国に帰省する途中だった。
船がイギリスの港に寄港し、一人の女性客が船に乗り込んでくる。その女性は、リーザが第2次世界大戦中にアウシュヴィッツ強制収容所で警備員として働いていた時に特別な関係にあった、マルタという名のポーランド人の被収容者(アンナ・チェペレフスカ)にそっくりだった。マルタは死んだと思っていたため、リーザは動揺する。
リーザは夫に、マルタとの間に起こった出来事を告白し、当時の記憶を回想する。
1943年の夏、ナチス親衛隊(SS)の隊員だったリーザはポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に赴任し、被収容者からの没収品を保管する所外の倉庫の作業監督として働き始める。
リーザは祖国のためにSSの隊員としての職務を果たしていたが、他の多くのSS隊員とは異なり、被収容者に対して同情心を抱いていた。
リーザは政治犯として収容されていた若いポーランド人の女性、マルタを助手として採用する。
リーザは、マルタが同じ収容所に収容されているマルタの婚約者のタデウシュ(マレック・ヴァルチェフスキ)と密会できるように手配したり、病気になったマルタが治療を受けられるようにしたり、マルタに対して便宜を図る。
リーザはマルタを支配下に置くことによってマルタを自分に服従させようとするが、マルタはそれに対して抵抗する。
解説
『パサジェルカ』の原作者のゾフィア・ポスムイシュは、アウシュヴィッツ強制収容所の生き残りの作家である。ポスムイシュは、映画版とは無関係に『パサジェルカ』の小説版を1962年に発表している。
本作を制作する前に、アンジェイ・ムンクはポスムイシュの脚本でTV映画版『パサジェルカ』を監督し、TV映画版は1960年にポーランドでTV放映された。TV映画版ではリーザによるアウシュヴィッツの回想部分は映像化されていなかったが、映画版ではアウシュヴィッツの回想のシークエンスに重点が置かれている。
本作の制作途中の1961年にムンクが交通事故で死去したため、映画『パサジェルカ』は未完の作品となったが、映画監督のヴィトルト・レシェヴィチ、ドキュメンタリー監督のアンジェイ・ブジョゾフスキ、作家のヴィクトル・ヴォロシルスキが撮影素材に静止画像とナレーションを加えて再構成し、1963年に長編映画として公開した。
本作は、現在の船上でのシークエンスとアウシュヴィッツの回想のシークエンスの2つの部分から成り、船上のシークエンスは静止画像とナレーションで、アウシュヴィッツの回想のシークエンスはムンクが監督したショットで、それぞれ構成されている。
ムンクは本作で、虐待や絞首刑、銃殺刑、シアン化合物系の殺虫剤ツィクロンBを用いたガス室での大量殺戮といった、アウシュヴィッツ強制収容所における残酷な行為を、劇的に表現するのではなく、一人の女性SS隊員の目から見た日常の風景として描いている。この方法によって本作は、観客の想像力を掻き立てるリアルな映画となっている。
本作は1964年のカンヌ国際映画祭でFIPRESCI賞(国際映画批評家連盟賞)を、1964年のヴェネツィア国際映画祭でイタリア批評家賞を、それぞれ受賞した。