概説
『狼たちの午後(Dog Day Afternoon)』は、銀行強盗の実話を基にした1975年のアメリカ合衆国の犯罪ドラマ映画である。ニューヨーク市のブルックリン区を舞台に、犯罪の素人2人が銀行強盗を企てるが逃走に失敗し、人質たちとともに銀行に立てこもることを余儀なくされる悲喜劇を描いている。監督はシドニー・ルメット。製作はマーティン・ブレグマンとマーティン・エルファンド。脚本はフランク・ピアソンが担当した。主演はアル・パチーノ、ジョン・カザール、ジェームズ・ブロデリック、チャールズ・ダーニング。125分。
解説
本作は、1972年8月にブルックリンのチェイス・マンハッタン銀行支店で実際に起きた銀行強盗事件について書かれた、P・F・クルーゲとトーマス・ムーアによる『ライフ』誌の記事「The Boys in the Bank」(1972年)から着想を得ている。
1972年、ベトナム帰還兵のジョン・ウォトヴィッツは銀行強盗を計画した。ウォトヴィッツは1960年代中頃に銀行の出納係として働いた経験があった。
ウォトヴィッツは妻のカルメン・ビフィルコとの間に2人の子供がいたが、1969年に妻と別居し、1971年に性同一性障害の男性、エリザベス・エデン(本名: アーネスト・アロン)と結婚していた。
ウォトヴィッツが銀行強盗を企てた動機の一つは、エデンの性別適合手術のための金を手に入れたいという思いだった。
1972年8月22日、27歳のウォトヴィッツは18歳のサルバトーレ・ナチュラーレ、20歳のロバート・ウェステンバーグとともにブルックリンのグレイヴセンドにあるチェイス・マンハッタン銀行の支店に強盗に入ろうとした。
ウェステンバーグはすぐに現場から逃走したが、ウォトヴィッツとナチュラーレは8人の人質(支店長と女性の従業員7名)を取り、銀行に14時間立てこもった。
映画『狼たちの午後』の脚本はこの実話を基にしている。
タイトルは夏の最も暑い時期を意味する「dog days」に由来している。
本作では、ルメットの『セルピコ』(1973年)で主役を演じたアル・パチーノが主犯格のソニー・ウォルツィック役を、『ゴッドファーザー』(1972年)でパチーノと共演したジョン・カザールがソニーの共犯者のサルバトーレ・”サル”・ナチュラーレ役を、それぞれ演じている。キャストの大半はオフ・ブロードウェイの演劇でパチーノと共演した俳優たちである。
『狼たちの午後』は、人質事件という極限状況下での緊迫したドラマとブラック・コメディーの要素を含む犯罪映画である。実話に基づいた真実味のある物語展開とニュース映像のようなリアルな演出、即興を含む自然な演技が特徴である。
本作はトランスジェンダーやストックホルム症候群などの当時としては目新しい題材を扱ったという点でも注目すべき映画である。
エルトン・ジョン(Elton John)のアルバム『エルトン・ジョン3(Tumbleweed Connection)』(1970年)の収録曲「過ぎし日のアモリーナ(Amoreena)」がオープニングの場面で使用されている。ユーライア・ヒープ(Uriah Heep)の「イージー・リヴィン(Easy Livin’)」(1972年)とフェイセズ(The Faces)の「ステイ・ウィズ・ミー(Stay with Me)」(1971年)がラジオから流れる曲として使用されている。本作ではこれらの楽曲以外には音楽は使われていない。
『狼たちの午後』は第48回アカデミー賞で6部門にノミネートされ、ピアソンが脚本賞を受賞した。第29回英国アカデミー賞でも6部門にノミネートされ、パチーノが主演男優賞を、デデ・アレンが編集賞を、それぞれ受賞した。
2009年に米国議会図書館は本作を「文化的・歴史的・美的価値がきわめて高い」作品と見なし、アメリカ国立フィルム登録簿に保存する作品に選出した。
あらすじ(ネタバレ注意)
真夏のある日、ソニー(アル・パチーノ)、サル(ジョン・カザール)、スティーヴの3人はファースト・ブルックリン・セービングス・バンクに強盗に入ろうとする。スティーヴが銃を撃てないと言ったため、ソニーはスティーヴを現場から逃走させる。
銀行の中には支店長のマルヴァニー、守衛のハワード、女性の従業員7人の合計9人がいた。
ソニーとサルは彼らを銃で脅し、マルヴァニーに金庫室を開けさせるが、そこには現金が1,100ドルしかなかった。
ソニーは出納係たちに命じて1,100ドルと窓口の紙幣とトラベラーズチェックを袋に回収させる。
ソニーはニューヨーク市警察のユージーン・モレッティ部長刑事(チャールズ・ダーニング)からかかってきた電話に出る。ソニーとサルは銀行が警察に包囲されていることを知る。
ソニーとサルは9人の人質とともに銀行に立てこもることを余儀なくされる。出納主任はソニーが無計画に銀行に強盗に入ったことを非難する。
ソニーはアッティカ刑務所暴動(1971年)で警官が42人を殺害したという話をしながら、マルヴァニーを手伝わせて銀行の裏口を塞ぐ。
FBI捜査官のシェルドン(ジェームズ・ブロデリック)が現場に到着し、指揮を執り始める。
見物人の群衆や新聞・TVの報道陣が銀行の周りに集まってくる。
ソニーは喘息の発作を起こした守衛のハワードを解放する。
群衆が見守る中、ソニーは銀行の前でモレッティと交渉する。ソニーは群衆にアッティカ刑務所暴動を思い出させて警察への反感を煽るために「アッティカ! アッティカ!」と叫び、群衆はソニーに声援を送り始める。
ソニーはサルにFBIとの取引について相談するが、サルはソニーに、ソニーが逃げるか自殺するかのどちらかだと言ったことを思い出させ、刑務所には戻らないと言う。
ソニーは国外に逃亡するためにヘリコプターとジェット機を要求し、妻との面会も要求する。
モレッティはソニーに、ヘリの代わりにバスが来る、ケネディ空港にジェット機を用意する、と告げる。
ソニーはピザと飲み物を要求する。ソニーにピザを配達した青年が「俺はスターだ!」と叫ぶ。ソニーは路上で5ドル札をばらまき、群衆が紙幣を奪い合って暴徒化する。
ソニーが人質に危害を加えるつもりがないことを理解した女性従業員たちは、警戒を解いてソニーとサルと打ち解けた会話を始める。強盗犯と人質は次第に親密な関係を築いてゆく。
26歳の性同一性障害の男性、レオン・シャーマー(クリス・サランドン)が現場に連れてこられる。レオンはソニーの妻で、自殺未遂後にベルビュー病院に入院していた。
マスメディアは、ソニーが妻のレオンの性別適合手術のための金を手に入れるために銀行強盗を企てたと報道する。
夜になり、シェルドンは銀行内の電灯とエアコンを消す。
マルヴァニーが意識を失う。マルヴァニーは糖尿病を患っていた。ソニーは医者を呼ぶ。シェルドンは医者を中に入れる。
ソニーは電話でレオンと話す。ソニーはレオンに一緒に国外に逃げないかと誘うが、レオンは病院に戻ると言う。
ソニーはもう一人の妻のアンジーに電話をかけるが、アンジーが一方的に話し続けるので電話を切る。
同性愛者のコミュニティのデモ隊が現れ、ソニーに声援を送る。
シェルドンはソニーの母親にソニーと話をさせて投降するように説得しようとするが、ソニーは母に家に帰れと言う。
ソニーは2人の妻と2人の子供と母に宛てた遺言を出納主任に口述筆記させる。
空港のリムジンバスが銀行に到着する。ソニーとサルは人質とともにリムジンに乗り込む。FBI捜査官のマーフィーがリムジンを運転する。
リムジンがジョン・F・ケネディ国際空港に到着する。ソニーは人質の一人を解放する。マーフィーが一瞬の隙を突いてサルの頭を銃で撃ち抜いて殺害する。ソニーは逮捕される。