概説
『ふたりのベロニカ』(フランス語: La Double Vie de Véronique、ポーランド語: Podwójne życie Weroniki、英語: The Double Life of Veronique)は、クシシュトフ・キェシロフスキ監督、イレーヌ・ジャコブ主演の1991年のドラマ映画である。
ポーランドとフランスを舞台に、不思議な絆で結ばれた、分身またはドッペルゲンガーのようにそっくりな2人の女性、ポーランドに住むソプラノ歌手志望のベロニカとフランスに住む音楽教師のベロニクの奇妙な関係を描いている。
イレーヌ・ジャコブがベロニカとベロニクの2役を演じた。
脚本はクシシュトフ・キェシロフスキとクシシュトフ・ピエシェヴィッチ。撮影はスワヴォミール・イジャック。音楽はズビグニエフ・プレイスネル。フランス、ポーランド、ノルウェーの共同制作。言語はフランス語とポーランド語。98分。
あらすじ
ポーランドのクラクフの近くの小さな町に住むベロニカ(イレーヌ・ジャコブ)はアマチュアの合唱団に所属していた。ベロニカは時折、もう一人の自分がいるような奇妙な感覚を抱いていた。
クラクフの叔母の家を訪れたベロニカは、クラクフのメイン広場で自分にそっくりのフランス人の観光客(ベロニク)を目撃する。その観光客は「連帯」のデモ隊と警官隊の衝突をカメラに収め、観光バスに乗って広場を去る。
ベロニカは時折、心臓に痛みを感じることがあった。
音楽監督と指揮者にソプラノ歌手としての才能を認められたベロニカは交響楽団とのコンサートでソプラノのソロパートを歌うが、舞台で歌っている時に心臓発作を起こして死んでしまう。
一方、ベロニク(イレーヌ・ジャコブ)はフランスのクレルモン=フェランで小学校の音楽教師として働いていた。
ベロニクは突然、もう一人の自分を失ったような気がして深い悲しみに襲われる。
ベロニカと同じく、ベロニクも心臓の病気を抱えながら合唱団に所属していた。ベロニクは歌の先生に合唱団を辞めると告げる。
ベロニクの小学校で人形劇が上演される。それは脚を折って死に、蝶に生まれ変わるバレリーナの話だった。ベロニクはその劇に魅了され、劇を上演した名前も知らない人形師に恋をする。
小学校の音楽の授業で、ベロニクは生徒たちに18世紀のオランダの作曲家、ヴァン・デン・ブンデンマイヤー(架空の人物)が作曲した曲「協奏曲ホ短調」を演奏させる。その曲はベロニカが死んだ時に舞台で歌っていた曲と同じだった。
ベロニクは人形師がアレクサンドル・ファブリという名の児童書作家(フィリップ・ヴォルテール)であることを知る。
ベロニクは父の家を訪れた時に、父からカセットテープが入った自分宛の小包を受け取る。小包の消印はそれがパリのサン=ラザール駅から発送されたものであることを示していた。
テープにはサン=ラザール駅のどこかで録音されたと思われる音とヴァン・デン・ブンデンマイヤーの曲の断片が入っていた。
サン=ラザール駅にやって来たベロニクはテープの音を手がかりにそれが録音された場所を探し、駅のカフェに辿り着く。そこにはベロニクを待っている児童書作家のアレクサンドル・ファブリがいた。
解説
『ふたりのベロニカ』は詩的な芸術映画であり、分身またはドッペルゲンガーを題材にした神秘的な心理ドラマであり、抒情的な恋愛映画でもある、多面的な魅力を持った映画である。
黄色や緑色のフィルターを用いた幻想的な色調が特徴の芸術的な映像、抒情的な旋律を含むプレイスネルのロマンティックな音楽、イレーヌ・ジャコブの崇高な美しさが特に印象的である。
映画評論家のロジャー・イーバートは『シカゴ・サンタイムズ』紙の本作のレビューで、「これは私が観た中で最も美しい映画の一つだ」と述べている。
ポーランドのオペラ歌手のエルジュビエタ・トヴァルニツカがベロニカのソプラノソロを吹き替えで歌っている。
ベロニカとベロニクの関係については映画の中では説明されていないため、どう解釈するかは観客に委ねられている。
『ふたりのベロニカ』は、量子力学の多世界解釈に基づく並行宇宙説(多元宇宙論の一つ。この宇宙を互いに分岐する無数の並行世界の一つにすぎないと想定する)や論理学・哲学の可能世界論(特にデイヴィッド・ルイスなどの様相実在論)のような観点から現実世界を無数の可能性の一つとして捉えた思弁的な映画でもある。
ベロニクにとってベロニカは別の可能世界を生きるもう一人の自分であり、逆もまた同様である。
ベロニクは自分自身のもう一つの可能性(あり得たかもしれないもう一つの運命)の亡霊としてのベロニカの存在を感知し、ベロニカの死を警告として受け止めたために生き延びる。
多元宇宙または可能世界の観点から見ると、『ふたりのベロニカ』は決して互いに交わることがないはずの2つの並行世界の不可能な交差を、分身またはドッペルゲンガーとの遭遇として寓意的に描いた映画として解釈することができる。
本作は1991年の第44回カンヌ国際映画祭でコンペティション部門に選出され、エキュメニカル審査員賞、FIPRESCI賞(国際映画批評家連盟賞)、女優賞(イレーヌ・ジャコブ)を受賞した。
プレイスネルのスコアは1991年のロサンゼルス映画批評家協会賞で音楽賞を受賞した。