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谷ゆき子『バレエ星』(1969–1971年)

概説

『バレエ星』は谷ゆき子(1935–1999年)による日本の少女漫画である。1969年から1971年にかけて小学館の学年誌に連載された。

バレリーナを目指す少女、春野かすみが主人公の物語である。

かすみの母は『バレエ星』というタイトルのオリジナルのバレエの台本を書いていたが、未完の台本を残して病死する。

かすみは母の遺志を受け継ぎ、『バレエ星』の完成を目指す。

女性キャラクターの美しい絵と、「超展開」と呼ばれる予測不可能なストーリー展開が本作の特徴である。

当時は約100万人の読者に読まれていた人気漫画だったが、長い間単行本化されていなかった。

2017年に立東舎から初の単行本が刊行された。

著者について

谷ゆき子は1935年に兵庫県で生まれた。

谷は1958年に大阪の金龍出版社から出版された貸本漫画『夕映の詩集』で漫画家としてデビューし、以後、同社の雑誌『虹』『すみれ』に短編作品を発表。谷は『虹』と『すみれ』の表紙絵も長い間担当していた。

谷は1966年から約10年にわたって小学館の学年誌で少女漫画作品を連載していた。当時、谷のバレエ漫画は学年誌で藤子・F・不二雄の『ドラえもん』と並ぶ人気を獲得していた。

谷は1960年代後半から1970年代前半にかけてイラストレーターとしても活動し、スタイリッシュな少女画で知られていた。

谷の作品は単行本化されていなかったため、長い間正当に評価されることがなかった。

2016年に谷の作品を紹介する本『超展開バレエマンガ 谷ゆき子の世界』が立東舎から刊行された。少女漫画ラボラトリー「図書の家」が同書の企画と編集を手がけた。

2017年に立東舎から谷の漫画『バレエ星』が初めて単行本(完全復刻版)として刊行された。

あらすじ

『バレエ星』は『小学一年生』1969年1月号から連載が開始され、読者とともに学年をまたいで継続し、『小学四年生』1971年12月号で完結した。

立東舎の完全復刻版では本作は以下の4つの章で構成されている。

第1章(『小学一年生』掲載)

春野かすみの母はかつてバレリーナだったが、病気で入院していた。

かすみは妹のアーちゃんとともに施設に預けられていた。

かすみは病院で『バレエ星』というタイトルのオリジナルのバレエの台本を書いている母の手伝いをする。

第2章(『小学二年生』掲載)

かすみの母はかすみにバレエのレッスンを受けさせるために友人でバレエ教師の花田にかすみを預けて失踪する。

かすみは花田バレエ研究所でバレエを学び始める。研究所ではあざみという名の年長の少女も花田先生からバレエを教わっていた。

花田先生がかすみの面倒を見ていることが気に食わないあざみはかすみに対して嫌がらせをする。

かすみはバレエの稽古をしながら『バレエ星』の台本を書き継ぐ。

かすみの母はかすみに会おうとするが、あざみはかすみと母の再会を妨害する。

かすみの母は意識を失って倒れ、病院に担ぎ込まれる。かすみの母は昏睡状態で眠り続ける。

かすみは母を見守るために母が入院している病院で掃除婦として働き始める。

この章ではかすみが以下のようなさまざまな災難に見舞われる。

  • 自動車事故に遭う。
  • 海でボートに乗っている時に危うく溺死しそうになる。
  • バレエの修行のためにレオタード姿で滝行中に頭上に大きな岩が落下し、川に流され、陸上自衛隊のヘリコプターで救出される。
  • 牛を50頭も殺した野犬と一緒に洞穴に閉じ込められ、入り口をダイナマイトで爆破され、生き埋めにされかかる。

第3章(『小学三年生』掲載)

かすみの母が亡くなる。

かすみは『バレエ星』の台本を書き上げるが、花田先生はかすみが書いた部分を酷評する。

かすみは絶望し、自殺を試みるが失敗する。

日系イギリス人の少女、バーバラ水谷が新入生として花田バレエ研究所に入所する。

花田先生は発表会で『コッペリア』を上演することを決定し、あざみを主役に選ぶが、あざみは階段から落ちて脚を痛める。

あざみはかすみが自分を階段から突き落としたと嘘をつく。

花田先生はバーバラをあざみの代役に選ぶ。

パリ・バレエ団が来日し、『白鳥の湖』の公演を行う。

パリ・バレエ団の主演バレリーナのフランソワーズ・アリアはかすみの素質を見抜き、日本滞在中にかすみにバレエを教える。

フランスでパリ・バレエ団が公演する『白鳥の湖』の小さな白鳥役を決めるコンテストが日本で開催される。

ライバルであるバーバラとの競争を経て、最終的にかすみがアリアによって小さな白鳥役に選ばれる。

最終章(『小学四年生』掲載)

バーバラはフランスでのかすみの舞台出演を妨害しようとするが、失敗する。

パリ・バレエ団はフランスで『白鳥の湖』を上演する。

かすみは自らの役を見事に演じて、公演は成功裏に終わる。

かすみは日本に帰国する。

バーバラは花田バレエ団から森山バレエ団に移籍していた。

バーバラはかすみから『バレエ星』の台本を盗み、それを自作として森山バレエ団とともに自らの主演で上演しようとする。

あざみはかすみにそっくりの少女、白川かず子を発見する。

あざみはかず子を森山バレエ団に入団させ、変装したかすみが森山バレエ団に対してスパイ行為を働いているという偽の情報を広める。

かすみは花田バレエ団を退団することを余儀なくされるが、バーバラとあざみは自らが過去に犯した悪事についてかすみと花田先生に謝罪する。かすみとバーバラは花田バレエ団に復帰する。

アリアからかすみとバーバラ宛に、フランスで『バレエ星』を上演したいのでフランスに来るようにという電報が届く。

かすみとバーバラがフランスに着いてから1か月後、『バレエ星』の公演が始まる。

解説

谷は1968年から1976年にかけて、小学館の学年誌で「星」シリーズと呼ばれる母恋物をベースにしたバレエ漫画8作品を連載していた。『バレエ星』はその中では最長の作品で、著者の代表作の一つである。

本作の最大の見どころは、女性キャラクターの美しい絵である。

当時イラストレーターとしても活躍していた谷の卓越した画力が本作でも発揮されている。

谷の絵の中では、中原淳一や高橋真琴の流れを汲むスタイリッシュな少女画イラストの伝統とリアルな人体の造形美が融合しており、谷が描く女性キャラクターは、人体の正確なプロポーションと漫画のキャラクターとしての華やかな愛らしさを兼ね備えている。

もう一つの注目すべき点は谷のファッション・デザイナーのような衣服へのこだわりである。

谷は本作で、バレエの衣裳だけではなく私服にも流行を意識したおしゃれなデザインを採り入れており、細部の描写にも力を入れている。

『バレエ星』の物語は、恵まれない境遇にある少女が逆境を乗り越えてゆく、少女漫画の古典的な一類型に基づいている。

ロシアのバレエを題材にした山岸凉子の本格的なバレエ漫画『アラベスク』(1971–1975年)の連載が1971年に始まっていたことを考えると、本作は当時としても古風なスタイルの少女漫画である。

本作のもう一つの特徴は、ジェットコースターのように予測不可能で読者をハラハラさせるストーリー展開である。

本作ではヒロインが毎号のように絶体絶命の窮地に陥る。

京都国際マンガミュージアムの研究員で少女漫画の研究で知られる倉持佳代子は谷の「星」シリーズを「超展開バレエマンガ」と称した。

『バレエ星』のストーリー展開は、物語としての整合性やリアリティーよりも(月刊連載で読者に次号も読ませるための)「引き」を重視する方針によるものである。

完全復刻版の解説によると、「星」シリーズは当時の編集長の井川浩と担当編集者と谷の姉がブレーンとなってストーリーを作り、著者は絵を描くことに注力するというチームによって制作されていたとのことである。

本作は丸3年にわたって連載されており、読者も一年生から四年生へと学年が上がっているため、前半と後半では作風が異なっている。

長い連載期間中に、初期の絵物語・貸本漫画的な作風が1970年代の少女漫画の作風へと変化しているのは興味深い。