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サン・ソレイユ(1983年)

概説

『サン・ソレイユ(Sans Soleil)』は、クリス・マルケル監督の1983年のフランスの実験的なエッセイ映画。ドキュメンタリーや紀行映画の要素と、記憶と時間に関する哲学的な思索または瞑想を組み合わせることによって制作されており、SF映画のような架空の設定も含まれている。

本作は同期音のない映像と画面外の女声のナレーション、EMS VCS3とモーグ・シンセサイザーによる電子音を含むサウンドトラックで構成されている。

映像はマルケルが1978年から1981年にかけてボリュー社の16ミリのサイレントカメラで撮影した記録映像と既存の映像、他の映画やTV番組の引用で構成されている。記録映像は日本、アフリカ(ギニアビサウ、カーボベルデ諸島)、アイスランド、パリ、サンフランシスコで撮影された。

監督・撮影・編集はクリス・マルケル。言語はフランス語。100分。

映画全体を通して、女性のナレーター(フランス語版では作家・女優のフロランス・ディレイがナレーター役を演じている)が世界を旅するフリーランスのカメラマンのサンドール・クラスナ(架空の人物)の手紙を朗読する。

映画はアイスランドのヴェストマン諸島のヘイマエイ島で撮影された場面で始まり、その後、日本とアフリカの場面を行き来する。

クラスナは1965年にヘイマエイ島で3人の少女の映像を撮影し、その後、1973年にヘイマエイ島の火山円錐丘のエルトフェットルが噴火した。ヘイマエイ島の光景は、クラスナの想像上の映画の出発点となっている。

クラスナはその光景を、別の惑星から来た異星人または4001年の未来人が見た地球の風景として捉える。クラスナは自身の想像上の映画を、4001年になっても歌われているモデスト・ムソルグスキーの歌曲集『日の光もなく』(1874年)にちなんで『サン・ソレイユ』と名付ける。

クラスナは特に「生存の2つの極」である日本とアフリカ(ギニアビサウとカーボベルデによって代表される)に対して愛着を抱いている。

クラスナはギニアビサウとカーボベルデを、ポルトガルの植民地支配から独立するための戦いにおいて歴史的な役割を担ったのにもかかわらず、アフリカで「最も貧しく、最も忘れられた国々」(クリス・マルケル)と捉えている。クラスナはその一方で、高度経済成長後の1980年代初頭の日本に、現代の資本主義と消費社会における文化的飽和の臨界点を見いだしている。

本作において日本は、その独特の心性(物神崇拝、自然との共生、性に対する寛容さ、無常の世界観)と、エレクトロニクスなどの先端技術と前近代的な文化が共存する奇妙なポストモダニティによって、興味深い観察の対象にもなっている。

本作の中心的な主題は記憶の不可能性である(人間は記憶する代わりに記憶と歴史を書き換えてしまう)。

クラスナはこの観点から、成田空港の建設に反対する日本の三里塚闘争やギニアビサウ独立戦争などの1960年代から1970年代にかけての政治闘争を振り返り、過去と現在を対比させる。

更に、クラスナはサンフランシスコで、「不可能な記憶、狂気の記憶を表現することができた唯一の映画」であるアルフレッド・ヒッチコックの映画『めまい』(1958年)の撮影場所を巡礼する。

『サン・ソレイユ』は、記憶と時間という主題とヒッチコックの『めまい』への参照という点でマルケルのもう一つの映画『ラ・ジュテ』(1962年)に類似している。

本作には山猫駿雄(Hayao Yamaneko)という名前の架空の日本人がデジタル技術による記憶の記号化の象徴として登場している。クラスナはナレーターに、友人のハヤオが1960年代の日本の政治闘争や太平洋戦争の記録映像にビデオ・シンセサイザー(EMS Spectre)でデジタル処理と色付けを施して見せてくれたという話をする。

ハヤオは自身の機械の世界を、アンドレイ・タルコフスキーの映画『ストーカー』(1979年)に敬意を表して「ゾーン」と呼んでいる。それはコンピュータ化された仮想世界のようなものを暗示している。

本作における「ゾーン」の概念は両義的である。それは一方では時間外の一点から記憶を記号化することによって過去のイメージを変え、歴史を平坦化するが、他方では存在と非存在のあいだから現実を唯一のものであると同時に無数の可能性の一つでもあるものとして捉える視点でもある。

「ゾーン」に入ったクラスナは、東京中央郵便局で「郵送されなかった手紙の魂」に敬意を表したと語る。この挿話は、現前と非現前のあいだにある不可能な可能性を意味する隠喩であるジャック・デリダの「revenant」(幽霊または回帰するものとしての)を連想させる。

山猫駿雄は本作のエンディング・クレジットで特殊効果担当としてクレジットされているが、「ゾーン」と呼ばれるビデオ映像を制作したのはクリス・マルケル本人である。

本作の電子音響音楽はクリス・マルケルがミシェル・クラスナ名義で担当している。

ムソルグスキーの『日の光もなく』とジャン・シベリウスの『悲しきワルツ』(1903/1904年)が本作で使用されている。歌はアメリカ合衆国出身のフランスの女優のアリエル・ドンバールが担当した。日本の作曲家の冨田勲が『悲しきワルツ』をシンセサイザーで演奏している。

本作は1983年に第33回ベルリン国際映画祭で上映され、OCIC特別賞を受賞した。本作は第36回英国アカデミー賞でサザーランド杯も受賞している。

2013年に本作の16ミリのオリジナル・ネガからの復元が行われた。

本作は2014年にイギリスの映画雑誌『サイト&サウンド』の「批評家が選ぶ史上最高のドキュメンタリー50」で第3位にランク付けされた。

Sans Soleil – Chris Marker (trailer 30th anniversary)

あらすじ(ネタバレ注意)

映画はジャン・ラシーヌの悲劇『バジャゼ』(1672年)の第2の序文からの以下の引用で始まる。

(フランス語の原文)”L’éloignement des pays répare en quelque sorte la trop grande proximité des temps.”

(日本語訳)「国と国の距離が離れていることが、時間が近過ぎることをいくらか埋め合わせる。」

クラスナは1965年にアイスランドのヘイマエイ島で撮影した3人の少女の映像について語る。

航空母艦上のジェット戦闘機。

タイトルが3つの言語で表示される。ロシア語(Без Солнца)、英語(Sunless)、フランス語(Sans Soleil)。

クラスナは日本で青函連絡船(1908–1988年)に乗って北海道から本州に帰還し、新幹線で東京に向かう。

大西洋のギニアビサウ沖合に浮かぶビジャゴ諸島の風景。

老夫婦が東京・世田谷の仏教寺院、豪徳寺に飼い猫の墓を作りにやって来る。院内には「招き猫」と呼ばれるネコの置物が数多く置かれている。

大西洋上にあるカーボベルデ領のサル島の海岸の風景。「われわれは記憶するのではなく、歴史を書き直すように記憶を書き直すのだ。」

朝の東京・涙橋の風景。酔っ払った男が交差点で交通整理をしている。

お彼岸の日に日本人たちが先祖の墓参りをして墓に日本酒をかけている。

カーボベルデ、ソタヴェント諸島のフォゴ島の桟橋の風景。

西アフリカのサヘルの風景。動物の死骸が砂漠に横たわっている。

ギニアビサウのカーニバルで人々が仮装をして行進している。

ロケットの打ち上げ。

東京・杉並の高円寺の商店街で阿波踊りが開催されている。

クラスナは千葉の海岸と高速道路を通って東京に戻ってくる。

東京の各地の風景。新宿の紀伊國屋書店。山田氏が経営する西日暮里のお好み焼き屋。

クラスナは日本で一日中テレビを見て過ごす。テレビ画面にさまざまな映像が映し出されている。奈良の鹿、テレビコマーシャル、カンボジア大虐殺(1975–1979年)の絵、映画『妖怪百物語』(1968年)、TVドラマシリーズ『西遊記』(1978–1980年)と女優の夏目雅子(1957–1985年)、選挙事務所、ポーランドのニュース映像、地震のニュース、TVアニメシリーズ『銀河鉄道999』(1978–1981年)、映画『カリギュラ』(1979年)、時代劇の殺陣、深夜の成人向けテレビ番組『11PM』(1965–1990年)。

東京・有楽町のデパート、そごうでヴァチカンの秘宝展(1981年)が開催されている。

北海道・札幌の定山渓にある北海道秘宝館(1980–2010年)の内部の映像。性に関するさまざまな文物が展示されている。

9月25日、東京・上野の仏教寺院、寛永寺の清水観音堂で人形供養が開催されている。

ギニアビサウのピジギチの埠頭の風景。ここは1959年にピジギチ虐殺が起こった場所である。

カーボベルデのプライアの市場で女性たちが働いている。

東京・渋谷駅のハチ公(飼い主の死後9年以上にわたって飼い主の帰りを待ち続けた日本の秋田犬)の銅像。

東京・銀座のデパート、三越の風景。ライオン像、パソコン売り場、紳士服売り場。紳士服売り場にジョン・F・ケネディの動くロボットが展示されている。

クラスナは東京の政治的空間としての有楽町について語る。極右の政治家で大日本愛国党の総裁の赤尾敏(1899–1990年)が数寄屋橋交差点で街宣車から演説をしている。交差点の反対側の歩道では左翼の活動家たちが韓国の政治家・活動家の金大中(キム・デジュン、1925–2009年)を支援するために署名を集めている。

千葉の成田で、成田空港反対派が闘争の犠牲者の一人の没後10周年を記念する追悼集会を開いている。

クラスナの友人である日本人の山猫駿雄がビデオ・シンセサイザー(EMS Spectre)でデジタル処理と色付けを施した、1960年代の日本の政治闘争の記録映像。ハヤオは自身の機械の世界をタルコフスキーに敬意を表して「ゾーン」と呼んでいる。

東京・新宿駅前の風景。路上の若者たちがイギリスのハードロック・バンド、ホワイトスネイク(Whitesnake)のライブ演奏を新宿アルタの街頭ビジョン(アルタビジョン)で見ている。

竹の子族(1980年代前半に休日に野外で派手な衣裳を着てディスコ音楽に合わせてステップダンスを踊っていた10代の若者たちの集団)が東京の代々木公園の横の路上で踊っている。

新宿の地下街と地下鉄の風景。

人々が電車に乗って東京中を移動している。

東京・銀座のソニービル(1966–2017年)で人々が音階を奏でる階段(「メロディステップ」)を昇り降りしている。ビルのショールームで大相撲の中継を観ている人がいる。

東京・秋葉原の電気街のパーツ・ショップ。

秋葉原では人々が『モグラ叩き』や『パックマン』(1980年)などのアーケードゲームをしている。

東京の上野動物園で、その年に死んだ動物たちの慰霊祭が執り行われている。

ギニアビサウのビジャゴ諸島の岸辺の風景。

クラスナはカブラル兄弟(アミルカル・カブラルとルイス・カブラル)とギニアビサウ独立戦争のことを回想する。

1980年2月17日、ギニアビサウのカサカで初代大統領のルイス・カブラルがジョアン・ベルナルド・”ニノ”・ヴィエイラを叙勲する。(その後、ヴィエイラはルイス・カブラルを投獄し、新大統領に就任した。)

女性歌手が山猫駿雄のビデオ映像(ゾーン)の中で歌っている。

クラスナはサンフランシスコで、「不可能な記憶、狂気の記憶を表現することができた唯一の映画」であるヒッチコックの『めまい』の撮影場所を巡礼する。花屋のボデスタ・バルドキ、ミッション・ドロレスの墓、リージョン・オブ・オーナー美術館、ミューア・ウッズ国定公園のセコイアの木(実際にはビッグベイスン・レッドウッズ州立公園で撮影された)、ミッション・サン・ホアン・バティスタ、ゴールデン・ゲート・ブリッジ。

クラスナは自身の想像上の映画の出発点となったアイスランドのヘイマエイ島の光景を回想する。クラスナはムソルグスキーの歌曲集にちなんで『サン・ソレイユ』と名付けたその映画について語る。

沖縄の糸満を訪れたクラスナは太平洋戦争末期の沖縄戦(1945年)に思いを馳せる。

クラスナは沖縄で琉球神道の儀式を撮影する。「ノロ」と呼ばれる巫女が儀式を取り仕切っている。

山猫駿雄がデジタル処理と色付けを施した太平洋戦争の記録映像。

クラスナは沖縄戦でアメリカの艦隊に突っ込んだ神風特別攻撃隊のことを思う。

カーボベルデのサル島の風景。砂漠と海岸。

1月の東京の風景。浅草で僧侶が立って祈りを捧げている。東京・千代田区の神社、神田明神で人々が初詣をしている。女性たちは着物で正装をしている。

1月15日(成人の日)、東京の墨田区で成人式が開催されている。

どんど焼き、別名とんど焼きまたは左義長(正月飾りを燃やす日本の祭りの行事)が東京・台東区の鳥越神社で開催されている。

クラスナは自身が1965年に撮影したアイスランドのヘイマエイ島の町の映像を、火山学者のアルーン・タジェフが5年後に同じ場所で撮影したフィルムと対比させる。タジェフのフィルムは、まるで1965年全体が灰に覆われたかのようだった。

それから、旅は「ゾーン」に入ってゆく。