概説
『ハッピーアワー』は、濱口竜介監督の2015年の日本のドラマ映画である。神戸を舞台に、非職業俳優を起用して人生の岐路に立つ4人の30代後半の女性たちのドラマを描いている。317分。
あらすじ
本作は以下の3部で構成されている。
第1部(106分)
物語は兵庫県神戸市に住む4人の37歳の女性たちを中心に展開する。
あかり(田中幸恵)は病院で働くバツイチの看護師。
専業主婦の桜子(菊池葉月)は、夫の良彦(申芳夫)、中学生の息子の大紀(川村知)、姑のみつ(福永祥子)と暮らしていた。
アートセンター「PORTO」でキュレーターとして働く芙美(三原麻衣子)は、編集者の夫の拓也(三浦博之)と暮らしていた。
純(川村りら)は生命科学者の公平(謝花喜天)の妻だったが、夫と別れるために離婚訴訟を始めていた。
あかり、桜子、芙美、純の4人は互いに親しい友人同士で、一緒に旅行に行ったりする仲だった。
あかりは経験の浅い後輩の柚月(渋谷采郁)に手を焼きながら、ストレスが溜まる日々を送っていた。病院で知り合った男からアプローチを受けるが、恋愛をしたいという気分にはならなかった。
桜子は、仕事で忙しい夫との家庭生活に寂しさを感じていた。
芙美も、お似合いのカップルを表面的に演じているだけの夫婦生活に不安を感じていた。
純は中学時代からの付き合いである桜子以外の友人たちには離婚のことを秘密にしていた。
芙美は後輩の河野(伊藤勇一郎)とともに、アートセンターPORTOでイベントの企画とプロデュースを行っていた。
芙美はアートセンターPORTOで開かれるワークショップに3人の友人を招待する。「重心」をテーマとするそのワークショップでは、鵜飼という名の怪しげなアーティスト(柴田修兵)が講師となり、参加者に身体的なコミュニケーションの実習を指導する。
ワークショップには鵜飼の知人の風間(坂庄基)、日向子(出村弘美)、淑恵(久貝亜美)も参加していた。
ワークショップ終了後、風間は桜子を食事に誘うが、桜子はそれを断る。
ワークショップの打ち上げの飲み会で、風間は元妻の浮気が原因で離婚をしたという話をする。元夫の浮気が原因で離婚したあかりは風間と意気投合する。
純は夫に対する愛情がなくなって浮気をしたこと、離婚訴訟中であることを告白する。純がそれを隠していたことに腹を立てたあかりはその場を立ち去る。
第2部(96分)
純は夫と別居し、総菜販売店で働きながら離婚裁判所で裁判を受けていた。
桜子、芙美、あかりは純の裁判を傍聴する。純の夫には何の落ち度もなく、夫は離婚を望んでいないため、純は裁判で苦戦を強いられている。
4人は一緒に有馬温泉に旅行に出かける。芙美の夫の拓也は、温泉を題材にした短編小説の連作の第1作を書くために有馬に滞在している小説家のこずえ(椎橋怜奈)に会いに行く用事があったため、4人を有馬まで車で送る。
あかりと純は仲直りし、4人は有馬で楽しい一時を過ごすが、拓也とこずえが恋人同士のように連れ立って通りを歩いているところを目撃してしまう。
純はバスに乗って一人で帰宅する。純はバスの中で、有馬で純たちの写真を撮ってくれた、葉子という名の若い女性の観光客(殿井歩)と偶然出会い、会話する。
純の夫の公平はあかり、桜子、芙美をカフェに呼び出し、純が公平の子を妊娠したまま行方不明になったことを伝える。
あかりは病院で、ミスを犯した後輩の柚月を厳しく叱責するが、その後、階段から落ちて脚を骨折する。
桜子は息子の大紀から、ガールフレンドを妊娠させてしまったと告げられる。夫の良彦は仕事が忙しくて行けない自分の代わりに、桜子と姑のみつにガールフレンドの両親のところに謝りに行かせる。
あかりの同僚の医師の栗田(田辺泰信)はあかりを車で家まで送る。あかりに恋愛感情を抱いている栗田はあかりの家であかりに抱きつこうとするが、あかりは栗田を拒絶する。
大紀は神戸港のフェリーターミナルで純に出会う。大紀はガールフレンドと駆け落ちをしようとしていたが、ガールフレンドが待ち合わせ場所に来なかったため、駆け落ちを諦める。
大紀は母の桜子から、大紀が生まれたのは桜子と良彦を引き合わせてくれた純のおかげだということを聞いていたため、純に感謝の言葉を述べる。純はフェリーに乗ってどこかに旅立つ。
第3部(115分)
拓也はこずえが書いた『湯気』というタイトルの短編小説の朗読会をPORTOで開催する。桜子と公平が朗読会に参加する。
こずえとのトークのゲストとして鵜飼が招かれていたが、鵜飼はこずえが短編小説を朗読している間に会場から出て行ってしまう。拓也は公平に、朗読の後で鵜飼の代役としてこずえとトークをしてほしいと依頼する。
松葉杖を突きながら朗読会の会場にやって来たあかりは、外で煙草を吸っている鵜飼に出会う。あかりは鵜飼に惹かれていた。あかりは鵜飼とクラブに行く。ワークショップに参加していた日向子がクラブのバーで働いている。あかりは日向子が鵜飼の妹であることを知る。
こずえは短編小説の朗読を終える。公平は短編小説の感想を述べて、こずえとトークをする。
拓也、こずえ、公平、芙美、桜子は朗読会後の打ち上げの飲み会に参加する。5人は最初はこずえの短編小説の話をしていたが、純の話になり、激しい口論が始まる。
公平と芙美が退席する。桜子も芙美を追って出て行く。拓也はこずえを車で家に送る。車の中でこずえは拓也への愛を告白する。拓也はこずえと一晩をともに過ごす。
芙美と桜子は最終電車に乗り込む。桜子は駅で風間に出会う。桜子は風間の後を追い、風間と一夜をともに過ごす。
翌朝、桜子は夫の良彦に他の男と性交渉を持ったことを告げる。
芙美は離婚を決意したことを拓也に伝える。家を出た拓也は、車の運転中に交通事故に遭って負傷し、あかりが勤務する病院に搬送される。
解説
『ハッピーアワー』は2013年にデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で濱口が市民参加プログラムとして開催した「即興演技ワークショップ in Kobe」がきっかけとなって制作された映画である。
本作の出演者はワークショップの参加者で構成されている。出演者の大半は4人の主演女優も含めて演技経験のない非職業俳優である。
濱口は本作でロベール・ブレッソンの「シネマトグラフ」のように非職業俳優を用いることによって、芝居がかった演技を排除している。
濱口は、鵜飼のワークショップや打ち上げの飲み会、こずえの朗読会といった、会話の多い個々の場面を、時間の経過を省略せずに長尺を使って撮影している。
これらの結果として、『ハッピーアワー』は劇映画とドキュメンタリーの中間のような特異な映画となっている。
観客は登場人物たちと同じ時間を共有し、まるで自分が実際にその場にいるかのような感覚を味わう。
5時間を超える長い上映時間の間、観客を魅了し続けて飽きさせない、驚くべき映画である。
濱口は親友を失った3人の男の精神的な彷徨を描いたジョン・カサヴェテス監督の『ハズバンズ(Husbands)』(1970年)を本作の物語の原型として参照している。
本作の4人の主演女優は、第68回ロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した。