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天が許し給うすべて(1955年)

概説

『天が許し給うすべて(天はすべて許し給う)』(英語原題:All That Heaven Allows)は、ダグラス・サーク監督による1955年のアメリカ合衆国のメロドラマ映画である。ニューイングランドの小さな町を舞台に、裕福な中年の未亡人と年下の庭師の恋愛が、階級意識の強い周囲の圧力によって阻まれる過程を描く。テクニカラー、上映時間89分。

原案はエドナ・L・リーとハリー・リー、脚本はペグ・フェンウィックが担当した。ユニバーサル・インターナショナルが製作し、ロス・ハンターがプロデューサーを務めた。ジェーン・ワイマンとロック・ハドソンは、前作『心のともしび』(1954年)に続く再共演となった。

公開時は商業的な成功を収めたが、批評家の評価は必ずしも高くなかった。1970年代以降、サーク作品の再評価のなかで、アメリカの階級社会と消費文化を批評するメロドラマとして注目された。ファスビンダーの『不安は魂を食いつくす』(1974年)やトッド・ヘインズの『エデンより彼方に』(2002年)にも大きな影響を与えている。

  • 製作:ロス・ハンター
  • 製作会社:ユニバーサル・インターナショナル
  • 配給:ユニバーサル・インターナショナル
  • 原案:エドナ・L・リー、ハリー・リー
  • 脚本:ペグ・フェンウィック
  • 撮影:ラッセル・メッティ
  • 編集:フランク・グロス
  • 音楽:フランク・スキナー
  • 美術:アレクサンダー・ゴリッツェン、エリック・オーボム
  • 主要キャスト:ジェーン・ワイマン(キャリー・スコット)、ロック・ハドソン(ロン・カービー)、アグネス・ムーアヘッド(サラ・ウォーレン)、コンラッド・ネイゲル(ハーヴェイ)、ヴァージニア・グレイ(アリーダ・アンダーソン)、グロリア・タルボット(ケイ・スコット)、ウィリアム・レイノルズ(ネッド・スコット)、ジャクリーン・デウィット(モナ・プラッシュ)、チャールズ・ドレイク(ミック・アンダーソン)
  • 言語:英語
  • 技術仕様:35mmフィルム、テクニカラー。ネガ画面比は1.37:1。公開時は劇場によって1.37:1から2.00:1までさまざまな比率で上映された。クライテリオン版は1.75:1で収録されている。
  • 製作費:不詳
  • 興行収入:北米配収は約310万ドル。

予告編

プロットの概要

ニューイングランド郊外の町ストニンガム。夫に先立たれた裕福な中年女性キャリー・スコットは、大学生の息子ネッドと娘ケイが週末にしか帰らない家で、単調な日々を送っている。会員制の社交クラブでは、友人サラらが再婚相手を探すように勧め、求婚者ハーヴェイも現れるが、キャリーにはその気がない。

そんなある日、キャリーは、自宅の庭の手入れに来ていた庭師で、苗木の育苗圃を経営する青年ロン・カービーと親しくなる。ロンは父から庭師の仕事を引き継いだ人物である。ロンはヘンリー・デイヴィッド・ソローの『ウォールデン 森の生活』(1854年)に傾倒する自然主義者で、富や地位とは無縁の素朴な暮らしを送っている。ロンの友人たちとの交流を通じて、キャリーは社交クラブとは異なる価値観に触れ、二人は惹かれ合っていく。

ロンの求婚を受け入れたキャリーだったが、階級の違う二人の関係は、社交クラブの人々から冷ややかな反応と悪意ある噂を招く。子供たちも結婚に猛反対し、キャリーはロンと別れる。しかしキャリーは世間体を気にして自分の意志を貫かなかったことを後悔し、ロンのもとへ向かう。その途中で引き返すと、それを見たロンが追いかけようとして崖から落下し、重傷を負う。

解説

制作の経緯・背景

ロス・ハンターが製作し、サークが監督、ワイマンとハドソンが主演した『心のともしび』は、1954年に興行的な成功を収めた。ユニバーサル・インターナショナルは同じ顔ぶれで本作を製作した。以後、サークとハンターは『風と共に散る』(1956年)、『悲しみは空の彼方に』(1959年)など、同社のメロドラマを次々と送り出した。

サークはドイツ出身の映画監督で、1930年代にはウーファ(UFA)で活動していた。1937年にナチス政権下のドイツを離れ、のちにハリウッドで監督を務めた。サークが1950年代にユニバーサルで撮ったメロドラマは、当時は「女性向けの通俗的な映画」と見なされがちだった。本作の脚本は、そうしたジャンルの枠組みのなかに、階級や世間体をめぐる社会的な視点を織り込んでいる。

サークが自作について語ったジョン・ハリデイによるインタビュー集『サーク・オン・サーク』(1971年)は、後年の再評価において重要な資料となった。

キャスティング

ジェーン・ワイマンは『ジョニー・ベリンダ』(1948年)でアカデミー主演女優賞を受賞した実力派である。

ロック・ハドソンは1950年代のユニバーサルを代表するスターで、本作では社会的地位を持たない、誠実で朴訥な青年像を体現した。

色彩と映像表現

撮影を担当したラッセル・メッティは、サークのユニバーサル時代の作品でテクニカラーの豊かな色彩を生かした照明を手がけた。赤や青、黄といった色が、登場人物の感情や場の緊張を映し出す。

窓やガラス、鏡の使用も特徴的である。キャリーが子供たちからクリスマスの贈り物としてテレビを受け取る場面では、消えたテレビの画面に孤立したキャリーの姿が映り込む。この場面は本作で最もよく論じられる映像のひとつである。サークは窓や鏡越しに人物を捉えることで、登場人物と周囲の環境との距離、あるいは社会に縛られた状態を視覚的に示している。

テーマ分析

階級と世間体

物語の中心には、上流階級の価値観と、ロンとその友人たちの生き方との対立がある。社交クラブの人々は、ロンの経済的地位や職業を理由にキャリーの選択を非難する。キャリーの子供たちも、母の幸福よりも家の体面と自分たちの立場を優先する。

消費社会と孤独

テレビは、本作で物質的な豊かさと精神的な孤独を象徴している。子供たちは母の恋愛に反対する代わりに、テレビという商品を与えて問題を解決したつもりになる。ソローの『ウォールデン』に示された簡素な生き方を実践するロンは、この消費社会の価値観と対比される。

ジェンダーと年齢

本作では、中年の未亡人が若い男性と結婚しようとすることが社会から強く非難される。一方、男性の求婚者であるハーヴェイにはそうした非難は向けられない。キャリーの私的な感情は、周囲によって「不謹慎」「性的な欲望」という枠で解釈される。娘のケイが精神分析の言葉を借りて母の恋愛を説明しようとする場面は、その典型である。

結末の評価

結末では、重傷を負ったロンのもとにキャリーが戻り、窓の外に一頭の鹿が現れる。この結末を、愛の勝利を描いた素直なハッピーエンドとして受け取るか、ジャンルの慣習に対する皮肉を含んだ結末として受け取るかで、批評家の意見は分かれてきた。

公開

イギリスでは1955年8月25日に公開された。アメリカでは1955年12月25日にロサンゼルスで公開され、ニューヨークでは1956年2月28日に公開された。

評価

公開当時の批評的な評価は、商業的な成功に比して、必ずしも高いものではなかった。『ニューヨーク・タイムズ』のボズレー・クラウザーは「率直な女性向けフィクション」「感情の押し売りと安易なクリシェ」と評し、『バラエティ』もキャリーの人物像を弱々しく、ハドソンの演技をやや硬い(wooden)と指摘した。一方、『モーション・ピクチャー・デイリー』はテクニカラーの撮影とミザンセン(mise-en-scène、画面構成)を評価するなど、好意的な論調もあった。

1970年代以降、サーク作品は『カイエ・デュ・シネマ』などのフランスの批評誌やイギリスの批評家たちによって再評価された。トーマス・エルセッサーは1972年の論考「音と怒りの物語」でファミリー・メロドラマを論じ、ローラ・マルヴィは1977年の論考「サークとメロドラマについてのノート」でサークを論じた。こうした議論を通じて、サークの通俗的な形式はアメリカ社会への批評的な視点を持つものとして読み直された。

Rotten Tomatoesでは、本稿執筆時点で批評家支持率91%(32件、平均評点8.1/10)となっている。

本作は1995年にアメリカ国立フィルム登録簿に選定された。

影響

サークを敬愛する映画監督として知られるライナー・ヴェルナー・ファスビンダーは1971年にサークについての論考を発表した。ファスビンダーの『不安は魂を食いつくす』(1974年)は、60代の清掃婦エミと年下のモロッコ人労働者アリの恋愛を描いた映画である。この映画で二人が階級・年齢・人種をめぐる周囲の偏見に直面する設定は本作を下敷きにしたものであり、リメイクに近い作品と見なされている。

トッド・ヘインズの『エデンより彼方に』(2002年)は、1957年のコネチカット州ハートフォードを舞台にしている。この映画で主婦キャシー(ジュリアン・ムーア)は、夫の同性愛と、黒人の庭師レイモンドとの関係を通じて、階級に代わって人種・性的指向という別の規範に直面する。本作の物語と映像様式を意識的に引き継いだ作品である。

ホームメディア

アメリカではクライテリオン・コレクションからDVDおよびBlu-rayが発売されている。DVDは2001年、Blu-ray(デュアルフォーマット)は2014年6月10日に発売された。

検索リンク

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あらすじ(ネタバレあり)

ストニンガムに住む裕福な未亡人キャリー・スコットは、息子ネッドと娘ケイが大学から週末にしか帰らない家で暮らしている。友人のサラに誘われて参加する社交クラブでは、ハーヴェイをはじめとする男性たちが言い寄るが、キャリーは再婚に関心がない。

ある日、キャリーは自宅の木の手入れに来た庭師のロン・カービーと言葉を交わす。ロンは庭師として働きながら、育苗圃で苗木を育てている。キャリーはロンの育苗圃を訪れ、友人のミックとアリーダ夫妻など、ロンの仲間たちを知る。ロンは古い製粉所を改装して暮らしており、ソローの『ウォールデン』に示された簡素で自立した生き方を信条としている。

二人は親しくなり、やがて互いに恋愛感情を抱く。ロンは求婚し、キャリーはそれを受け入れる。社交クラブの催しにロンを連れて行くが、ロンは「庭師」として冷淡な視線にさらされる。噂好きのモナ・プラッシュは、二人を見かけたことをきっかけに、夫の存命中から関係があったかのような悪意ある噂を広める。

キャリーは結婚の決意を子供たちに伝える。ネッドは激しく反対し、ケイも精神分析の言葉(エディプス・コンプレックスなど)を借りて母の恋愛を説明し、母の結婚に反対する。世間体と子供たちの反応に動揺したキャリーは、ロンとの別れを選ぶ。クリスマスには、子供たちから、孤独を埋め合わせるかのようにテレビが贈られる。

その後、キャリーは頭痛に苦しむようになる。医師のヘネシーは、症状の原因は心理的なものだと診断し、自分の望むことをするように助言する。キャリーはロンを訪ねようとするが、途中で引き返す。狩りから戻ったロンは、去っていくキャリーを見て追いかけようとして崖から落ち、重傷を負う。キャリーはロンのもとに駆けつけ、回復を待つ彼のそばに寄り添う。窓の外の雪のなかに、一頭の鹿が現れる。