概説
『PERFECT DAYS』(パーフェクト・デイズ、原題: Perfect Days)は、ヴィム・ヴェンダース監督の2023年のドラマ映画である。
日本を舞台に、東京・渋谷の公衆トイレの清掃員として働く独身の中年男性の日々の生活を描いている。
日本とドイツの共同制作。
脚本はヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬。
製作は柳井康治。
製作総指揮は役所広司。
主演は役所広司。共演は柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、三浦友和、田中泯。
撮影はフランツ・ルスティグ。
編集はトニー・フロッシュハマー。
製作会社はマスター・マインド、スプーン、ヴェンダース・イメージズ。
配給はDCM(ドイツ)、ビターズ・エンド(日本)。
言語は日本語。スタンダードサイズ(アスペクト比4:3)。124分。
本作は2023年に第76回カンヌ国際映画祭で初公開され、エキュメニカル審査員賞と男優賞(役所広司)を受賞した。
あらすじ
平山(役所広司)は渋谷の公衆トイレの清掃員として働きながら、押上(東京スカイツリーの近く)の古いアパートで一人暮らしをしている。
平山は毎日儀式のように習慣化された行動を繰り返して日々を過ごしている。
早朝の明け方に起きて布団を畳み、歯をみがき、ひげを剃り、顔を洗い、鉢植えの植物に水をやり、作業着に着替える。
缶コーヒーを飲みながら、軽トラックに乗って仕事に出かける。
運転中にカセットテープの音楽を聴く。1960年代中頃から1970年代中頃の洋楽ポピュラーがお気に入りである。平山はアニマルズ(The Animals)の「朝日のあたる家(The House of the Rising Sun)」(1964年)を聴いている。
平山は若い同僚のタカシ(柄本時生)とともに渋谷区内の公衆トイレを清掃して回る。
平山はいつも黙々と仕事に励むが、タカシは適当に仕事をこなしている。タカシはガールズバーで働いている女性のアヤ(アオイヤマダ)と深い仲になりたいと思っているが、いつも金に困っている。
平山は昼休みに神社の境内でサンドイッチを食べ、紙パックの牛乳を飲み、小さなフィルムカメラで木々や木漏れ日をモノクロ写真に撮る。
平山は公園や神社でホームレスの老人(田中泯)としばしば視線を交わす。
夕方に仕事を終えた平山は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)の「ペイル・ブルー・アイズ(Pale Blue Eyes)」(1969年)を聴きながら車で帰宅する。
平山は自転車で出かける。銭湯で入浴し、行きつけの居酒屋で夕食を取る。
平山は帰宅する。布団に横になり、寝る前にウィリアム・フォークナーの『野生の棕櫚』(1939年)を読む。
平山の部屋にはラジカセと音楽カセットと本がある。テレビやパソコンはない。
平山は毎晩夢を見る。平山が見る夢は、木漏れ日や平山が過去に見た情景を含む、揺らめくようなモノクロの映像である。
翌朝、平山はオーティス・レディング(Otis Redding)の「ドック・オブ・ベイ((Sittin’ On) The Dock of the Bay)」(1968年)を聴きながら出勤する。
アヤが仕事中のタカシに会いに来る。タカシは仕事を急いで終わらせてバイクにアヤを乗せて出かけようとするが、バイクが動かず、平山に頼んで軽トラックを貸してもらう。
アヤは車中で聴いたパティ・スミス(Patti Smith)の「レドンド・ビーチ(Redondo Beach)」(1975年)を気に入る。タカシは平山に隠れてパティ・スミスのカセットをアヤのハンドバッグに入れる。アヤはガールズバーに出勤する。
平山の古い音楽カセットが中古レコード店で高値で売れることを知ったタカシは平山に音楽カセットを売ろうと提案するが、平山は拒絶し、タカシに金を渡す。
平山はローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)の「めざめぬ街((Walkin’ Thru The) Sleepy City)」(1975年)を聴きながら車で帰宅する。車がガス欠になり、ガソリン代のためにやむを得ずカセットを売る。
ある朝、平山は金延幸子の「青い魚」(1972年)を聴きながら車で出勤する。
アヤが平山にカセットを返しに来る。アヤは車内でパティ・スミスの「レドンド・ビーチ」をもう一度聴く。アヤは去り際に平山の頬にキスをする。
平山は自宅のラジカセでルー・リード(Lou Reed)の「パーフェクト・デイ(Perfect Day)」(1972年)を聴いている。
休日。平山は神社を参拝し、コインランドリーで衣類を洗濯し、写真現像店で写真を現像に出す。
キンクス(The Kinks)の「サニー・アフタヌーン(Sunny Afternoon)」(1966年)を聴きながら部屋を掃除し、写真を整理する。
古本屋で幸田文の小説『木』(1992年)を買い、行きつけの居酒屋で夕食を取る。居酒屋のママ(石川さゆり)が常連客のギターの伴奏で「朝日のあたる家」の日本語バージョンを歌う。
ある日、平山の若い姪のニコ(中野有紗)が平山のアパートに転がり込んでくる。ニコは平山の妹のケイコ(麻生祐未)の娘である。ニコは家出をしてきたと言う。ニコは平山のアパートに泊まる。
翌朝、ニコは仕事に行く平山について行く。2人は車中でヴァン・モリソン(Van Morrison)の「ブラウン・アイド・ガール(Brown Eyed Girl)」(1967年)を聴く。
ニコは平山の仕事を手伝う。
ニコは平山からパトリシア・ハイスミスの短編小説集『11の物語』(1970年)を借り、読み始める。ニコは平山に、短編小説「すっぽん」に出てくる少年ヴィクターの気持ちがよくわかると言う。
平山の妹のケイコが運転手付きの車でニコを家に連れ戻すために平山のアパートにやって来る。
平山は久しぶりにケイコと再会する。
ケイコは平山に、老人ホームにいる父に会いに行ってあげてと頼む。
ケイコは平山に、本当にトイレ掃除の仕事をしているのかと聞く。平山はうなずく。
平山はケイコの去り際にケイコを抱擁する。平山はケイコとニコが車で帰った後に泣く。
ある朝、タカシが平山に電話をかけてきて、仕事を辞めると言う。平山はその日、タカシのシフトの分を肩代わりして深夜まで働かざるを得なくなる。
翌日、佐藤という名の女性がタカシの交代要員として働き始める。
休日。平山はいつもの通りに行きつけの居酒屋にやって来るが、開店前の店内でママが男性(三浦友和)と抱き合っているのを見て、急いで立ち去る。
平山はコンビニで煙草とハイボール缶を買い、夜の隅田川の川岸にやって来る。
平山が居酒屋で見た男性が平山に近づいてきて話しかける。友山という名のその男はママの元夫だった。
友山は平山に、癌を患っていて死期が近いこと、元妻とは7年ぶりに会ったことを話す。
友山は平山に、影は重なると濃くなるんでしょうか、と問いかける。平山は友山とともにそれを試してみる。その後、彼らは影踏み遊びに興じる。
翌朝、平山はニーナ・シモン(Nina Simone)が歌う「フィーリング・グッド(Feeling Good)」(1965年)を聴きながら出勤する。さまざまな感情が胸中にこみ上げてきて、平山は複雑な表情を浮かべる。
映画の終わりに、エンドクレジットの後で以下の文章が画面に表示される。
(ドイツ語)KOMOREBI: ist das japanische Wort für das Schimmern von Licht und Schatten, das durch die Bewegung der Blätter im Wind entsteht. Es existiert nur einmal, IN DIESEM MOMENT.
(英語)“KOMOREBI” is the Japanese word for the shimmering light and shadows that is created by leaves swaying in the wind. It only exists once, at that moment.
(日本語訳)「木漏れ日」(KOMOREBI)とは、風に揺れる木の葉が生み出す、きらめく光と影を意味する日本語である。それはその瞬間に一度だけしか存在しない。
解説
映画『PERFECT DAYS』の制作は、世界各国から招聘した16人のクリエイターの協力のもとに渋谷区の17か所で公衆トイレの再設計を行う「THE TOKYO TOILET」(2018–2023年)という都市再開発プロジェクトがきっかけとなった。
このプロジェクトはファーストリテイリング取締役の柳井康治が発案し、日本財団と柳井が出資を行った。
ヴィム・ヴェンダースはこのプロジェクトのPRのための短編映画の監督を依頼されたが、その後、当初の計画が長編映画を制作する企画へと発展した。
本作の撮影は東京都内を中心に17日間にわたって行われた。
平山の生活圏のロケ地は東京の下町エリア(浅草、押上、曳舟、亀戸)である。
平山という名前は小津安二郎の映画で繰り返し使われていた登場人物名に由来している。
本作では平山が見る夢がモノクロの映像として表現されている。「Komorebi Dreams」と呼ばれるこの映像は、写真家のドナータ・ヴェンダース(ヴィム・ヴェンダースの妻)が制作したものである。
本作は、ドキュメンタリー風の撮影手法、劇的な語りの排除、ロードムービー的な移動ショット、繰り返し現れる樹木のイメージ、などが特徴である。
人生に対して複雑な思いを抱いている中年男性としての平山役を見事に演じた役所広司の存在感と繊細な演技が本作の見どころである。
平山がさまざまな感情が入り交じった複雑な表情を浮かべるエンディングのショットが印象的である。