概説
『聖マッスル』(セントマッスル)は宮崎惇(原作)とふくしま政美(作画)による日本の漫画作品である。
1976年に『週刊少年マガジン』で連載された。
古代または遠い未来の世界のような異世界を舞台に、記憶を失い、自分探しのために荒野の都市を旅して回る筋肉質の青年を描いている。
誇張された筋肉の描写とバイオレンス・アクション、強烈なヴィジュアル・インパクトが特徴のヒーローアクション漫画である。
著者について
ふくしま政美(ふくしままさみ)
ふくしま政美は1948年に北海道で生まれた。
子供の頃に母親が駆け落ちし、その後父親も失踪したため、肉体労働をして幼い弟たちを養った。
高校在学中に漫画雑誌『COM』に投稿を始めた。
高校卒業後の1968年に上京し、新宿で似顔絵師として働いた後、真崎守のアシスタントになった。
1960年代末に『コミックVAN』などの青年向け劇画誌に短編漫画を発表し、漫画家としてデビューした。
ふくしまは1974–1976年に成人向け劇画誌『漫画エロトピア』で『女犯坊』(原作: 滝沢解)を連載し、人気を博した。
その後、1976年に『週刊少年マガジン』で『聖マッスル』、1976–1977年に『週刊少年チャンピオン』で『格闘士ローマの星』(原作: 梶原一騎)、1977–1978年に『週刊漫画サンデー』で『超劇画 聖徳太子』(原作: 滝沢解)を、それぞれ連載した。
1980年代以降はほとんど作品を発表していなかったが、1999年に活動を再開し、1999–2016年に新作を発表した。
宮崎惇(みやざきつとむ)
宮崎惇は1933年に長野県で生まれた。
1957年に日本初のSF同人誌『宇宙塵』の創刊に参加。1960年代以後は小説、ジュブナイルSF、漫画原作の分野で活動した。
作家としての代表作は『ミスターサルトビ』(1969年)、『消された日本史』(1978年)、『《虹》作戦を追え』(1981年)。
漫画原作者としては南波健二の『豹マン』(1967–1968年)の原作やさいとう・たかをの『ゴルゴ13』(1968年–)の脚本7本などを手がけた。
出版履歴
『聖マッスル』は『週刊少年マガジン』で1976年32号から1977年1号まで連載された。
1977年に単行本(全4巻)が講談社から刊行された。
1997年に復刻版(全1巻)が太田出版から「QJマンガ選書」のVol.3として刊行された。この復刻版は2013年に電子書籍として再刊された。
2006年に愛蔵版(全2巻)がゴマブックスから刊行された。ゴマブックス版は2014年に電子書籍として再刊された。
解説
制作の背景
当時『週刊少年マガジン』の編集部員だった田宮一は『女犯坊』のふくしまの独特な絵に感銘を受け、編集部にふくしまの漫画の連載を提案した。その後、1976年に『聖マッスル』の連載が開始された。
本作はストーリーよりもヴィジュアル・イメージを優先する方針に基づいて制作された。
ふくしまが描きたいイメージや場面を担当編集者の田宮を通して原作者の宮崎に伝え、宮崎はそれを基にしてストーリーを作った。
その結果として、本作のプロットの大枠は筋肉質の正義漢を主人公とする英雄の物語となった。本作では記憶を失った主人公がさまざまな都市を遍歴し、圧政者に抵抗する人民たちの闘いに加担する。
田宮によると、当時ふくしまは本作で講談社の漫画賞を取りたいと言っていたそうである。
しかし、『聖マッスル』は読者の支持を得ることができなかった。本作の人気は連載作品の中で常に最下位だったため、連載は打ち切りとなった。
作風について
ふくしまの画風は当時「劇画」と呼ばれたジャンルに分類されていた。
「劇画」という用語は、本来は辰巳ヨシヒロが映画的な表現手法を採り入れた青年向け漫画を指す言葉として1957年に造語したものである。
劇画は一般的には、1960年代後半から1970年代前半にかけて、さいとう・たかをの『ゴルゴ13』に代表されるような描線の多い写実的なタッチの漫画として人気を獲得した。
本作におけるふくしまの作風は、グロテスクなまでに誇張された筋肉の描写と血なまぐさいバイオレンス・アクション、細密に描かれたスペクタクルな情景、強烈なヴィジュアル・インパクトを特徴としており、当時の劇画作品の中でも異彩を放っていた。
『聖マッスル』は格闘アクション漫画であるが、暴力と死に満ちあふれた終末論的な世界を描いた超現実主義的でサイケデリックなスペクタクル漫画としても観賞できる。
ふくしまは本作で、全身が筋肉で覆われた主人公の肉体を強調するために主人公を全裸の男として描いた。本作の後半では主人公は衣服を着ているが、前半は全裸のままで物語が進行する。
フリンジ・カルチャー研究家の宇田川岳夫は、宮谷一彦の『肉弾人生』(1976–1977年)や『肉弾時代』(1976, 1978年)、ふくしまの『女犯坊』や『聖マッスル』などの肉体描写への執着を特徴とする1970年代の劇画作品を「肉弾劇画」と呼んでいる。
宮谷の作品が自己愛的な美学と官能性を特徴としているのに対して、ふくしまの作品はマニエリスムやバロックの美術のような過剰さとデフォルメが特徴である。
『聖マッスル』では、主人公の筋肉の描写は極度に様式化されている。主人公はこぶのような筋肉に覆われた人物として描かれており、非人間的な怪物のように見える。
古さと新しさ
本作が雑誌連載された1976年は、劇画ブームが終息し、劇画の過剰な表現が時代遅れになりつつあった時期である。その意味では『聖マッスル』は当時としても時代錯誤的な作品であった。
しかし、『聖マッスル』は後に早すぎた傑作として再評価されることになる。
漫画史的な観点から見ると、本作は武論尊と原哲夫による『北斗の拳』(1983–1988年)や板垣恵介の『グラップラー刃牙』(1991–1999年)などの格闘アクション漫画の先駆けとして捉えることができる。特に『北斗の拳』はその世界観とプロットにおいて『聖マッスル』に近似している。
荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』(1986年–)や三浦建太郎の『ベルセルク』(1989年–)などのダーク・ファンタジー系の漫画も、『聖マッスル』が切り拓いた漫画表現の新境地を継承し、発展させた作品であると言える。
受容
『聖マッスル』は1980年代に単行本が絶版となり、読むことが困難な幻の作品となっていたが、一部の漫画ファンからカルト的な支持を受け、宇田川岳夫や文筆家・編集家の竹熊健太郎によって隠れた傑作として評価されていた。
その後、1990年代にふくしまの漫画の再評価が進み、1997–1999年に『聖マッスル』を含むふくしまの1970年代の代表作が太田出版から復刊された。
ノンフィクションライターの大泉実成は『消えたマンガ家(2)』(太田出版、1997年)で当時失踪中だったふくしまを取り上げている。
宇田川岳夫はアンダーグラウンドな漫画を紹介した本『マンガゾンビ』(太田出版、1997年)でふくしまの漫画について解説している。
あらすじ(ネタバレ注意)
本シリーズは5つの章で構成されている。
主人公(聖マッスル)は第3章の冒頭で「命の泉」の都市の少女からハンカチをもらって首に巻いているが、第3章の最後の場面で服を着るまでは裸である。
本作は少年誌に連載された作品であるため、主人公の性器や陰毛は描かれていない。
1の章 人間城
全裸の主人公(筋肉質の青年)が花畑で目覚める。
主人公は記憶を失っており、自分が何者なのかが分からない。
主人公は自分を知っている者を探して荒野をさまよう。
主人公は膨大な数の石化した人体で作られた建造物がある都市にたどり着く。
全裸の王が無数の人間彫刻で飾られた城で従者と暮らしている。
王は粘液まみれで丸々と太った、巨大な肉の塊のような男である。
王は主人公を食事に招く。主人公は薬を盛られて意識を失う。
意識を取り戻した主人公は自分が柱に縛りつけられていることに気付く。
城の要所に主人公にそっくりの黄金像がある。
王は従者を城の人間彫刻の一つにしようとするが、従者はそれを拒む。王は従者の頭を足で踏みつぶす。
王は主人公に自分の過去について話して聞かせる。王はその醜い姿のために誰からも愛されずに育った。王は自身の美に対する渇望を満たすために権力を獲得し、人間彫刻の都市を作った。
王にとって主人公は理想の美の分身のような存在だった。
王は主人公を人間彫刻にすることで理想の美を完成させようとするが、主人公は王を殴り倒し、城の全体を支えていた黄金像を倒す。
王は黄金像の下敷きになって死ぬ。城は崩壊する。
2の章 命の泉
都市を探して砂漠をさまよっていた主人公は、騎兵隊と黒犬によって追い立てられてマラソンをさせられている全裸の人々の群れに遭遇する。
力尽きて砂漠に倒れ、野鳥やヘビに食われて死んでいく人々もいる。
主人公は野鳥に襲われていた少年を救い出す。
ヅクという名のその少年は、主人公に「命の泉」の都市について話す。
ヅクによると、その都市の宮殿内に「命の泉」と呼ばれる不老長寿の泉があり、その泉の水を飲むと150歳まで生きられると信じられているという。
その都市の3人の権力者たちは「命の泉」の水を他国に売って莫大な利益を上げていた。
彼らは人口調節のために、毎年70歳以上の老人と15歳の少年少女に死亡率70%のマラソンをさせていた。
マラソンを完走できなかった人々は都市から追放されていた。
主人公は去年マラソンを完走できずに都市から追放された生き残りの人々に出会う。
彼らは主人公に、殺人マラソンをやめさせる計画の実行を依頼する。
主人公はヅクに導かれて宮殿に忍び込む。
主人公は水を買いに来た隣国の使者に紛れて「命の泉」に近づき、泉のポンプを操作して水をあふれ出させる。
3人の権力者たちはローブで自分たちの容姿を隠していたが、ローブが剥がれて老いさらばえた身体があらわになる。
主人公は、「命の泉」には不老長寿の効果などないこと、権力者たちが利益を上げるために市民をだましていたことを明らかにする。
泉から噴出した地下水と豪雨によって都市は水没する。
3の章 巨人王
命の泉の都市の生き残りの市民たちは、主人公にリーダーとなって新しい都市の建設を導いてほしいと頼むが、主人公はそれを断り、再び自分探しの旅に出る。
主人公は巨人王が支配する国にやって来る。円形闘技場で闘技会が開かれている。
主人公は国第一の戦士が対戦相手を殺害して優勝するのを見て衝撃を受ける。
死んだ対戦相手の弟である少年が兄のかたきを討とうとするが、主人公は少年に代わって第一の戦士と戦い、フルネルソンを決めて第一の戦士を倒す。
巨人王(弁髪の大男)は円形闘技場で主人公を闘牛の群れと戦わせる。
主人公は闘牛を次から次へと倒してゆくが、最後の1頭に追い詰められる。巨人王は最後の1頭を殴り殺す。
巨人王は主人公の力を認め、主人公を自分の片腕となるべき男として処遇する。
黒の帝王が巨人王の都への侵略を開始する。黒犬(黒の帝王の手先)が都に現れ、大地震が都を襲う。城壁は破壊され、地中からガスが噴出する。
巨人王によって追放された市民たちの部隊が城に攻め込んでくる。覆面の人物が部隊を率いている。
彼らは黒の帝王に利用されていたが、独裁者である巨人王を倒して自由の国を作ろうとしていた。
巨人王と主人公は追放者の部隊と戦う。主人公は覆面の首領を捕える。
巨人王は首領が自分の妹だったことを知る。巨人王の妹は自害する。
巨人王は反逆者の処刑と称して追放者たちの虐殺を開始する。
主人公は虐殺をやめさせるために城の頂上で巨人王と殴り合う。
市民たちの群衆が主人公を聖なる筋肉、「聖筋肉(セントマッスル)」と称え、主人公に声援を送る。
巨人王は城の頂上から落ちそうになった主人公の手をつかみ、主人公の命を救う。
巨人王は主人公に国を立ち去れと言う。巨人王は追放者たちの処刑を中止する。
主人公は衣服を身にまとい、国を立ち去る。
4の章 北の魔神
巨人王の国を去ってから3か月後、主人公は極寒の地をさまよっていた。
主人公は凍死しそうになり、白熊に襲われるが、左腕のない老漁師コタンクルと若い漁師のポイヤウンペ、その許嫁のペシカに命を救われる。
「北の魔神」と呼ばれるメスの大鯨が北の地の海に3年ぶりに現れる。
9年前、コタンクルを含む15人の漁師たちが北の魔神の子を捕えて殺した。北の魔神はその報復としてコタンクルを除く14人の漁師全員を襲って殺し、コタンクルは北の魔神との戦いで左腕を失った。
ポイヤウンペの父とペシカの父と兄も北の魔神との戦いで亡くなっていた。
コタンクルは北の魔神に再び生死を賭けた戦いを挑み、命を落とす。
ポイヤウンペは主人公に、自分が必ず北の魔神を殺すと言う。主人公はポイヤウンペの無謀さを戒めて、2人で力を合わせて北の魔神を殺す計画を提案する。
主人公はポイヤウンペが漕ぐ小舟で海に乗り出し、北の魔神と戦う。主人公は急所を銛で刺して北の魔神を仕留める。
主人公は北の地にポイヤウンペとペシカを残して旅立つ。
5の章 奴隷地獄
主人公は旅の途中で奴隷たちが強制労働をさせられている鉱山にたどり着く。
鉱山を監督する長官は、2人の奴隷、ムビヤンという名の少年とクノンという名の少女が恋愛関係を持ったという理由で2人の処刑を命じる。
処刑人の巨人、イサコヤは丸太槍でムビヤンの頭を叩き割る(クルミ割りの刑)。
クノンは湖で肉食魚に食われて死ぬ(緑の湖の刑)。
若いカップルのマニベ(男)とセトナ(女)は長官の前で愛し合っていることを公言する。長官はイサコヤに2人を捕えよと命じる。
イサコヤはマニベに丸太槍を投げつけるが、主人公が身を投げ出して丸太槍を身体で受け止める。
長官は奴隷たちを人質に取り、主人公を拘束する。
長官はマニベとセトナに動物の着ぐるみ(ブタとヒツジ)を着せ、馬で引きずり回した後に刺し殺そうとする(ぬいぐるみの刑)。
奴隷たちは聖マッスルの名前を唱えて反抗する。
奴隷たちの反乱を恐れた長官は処刑を中止する。
長官は主人公に、イサコヤと戦って勝利すればマニベとセトナを解放すると言う。
主人公は馬に乗って丸太槍を振り回すイサコヤと素手で戦い、勝利する。
長官はマニベとセトナを人質にとり、部下たちに主人公を殺せと命じる。
セトナは長官の剣で自らの首を刺して自害する。
奴隷たちは反乱を起こし、長官を緑の湖に落として殺す。
奴隷たちは敵の援軍に包囲されるが、主人公に鼓舞されて抗戦する。
巨人王が黒の帝王の手先である長官を倒すために鉱山にやって来る。
巨人王は主人公に、自分の片腕として一緒にいてくれと頼むが、主人公は巨人王のもとから去る。
巨人王が連れてきた馬はなぜか主人公についてゆく。