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乾いた花(1964年)

概説

『乾いた花』は篠田正浩監督、池部良、加賀まりこ主演の1964年の日本のフィルム・ノワール/ヤクザ映画である。

横浜を舞台に、刑務所を出所したばかりのヤクザの村木(池部良)と賭博癖のある謎の若い女、冴子(加賀まりこ)の破滅的な恋愛を描いている。

石原慎太郎の同名の短編小説(1958年)を映画化した作品である。脚本は馬場当と篠田正浩が担当した。

音楽は武満徹、高橋悠治。

製作は文芸プロダクションにんじんくらぶ。配給は松竹。モノクロ。96分。

あらすじ

横浜の船田組に所属するヤクザの村木(池部良)は刑務所から出所する。村木は船田組と安岡組の抗争中に犯した殺人のために刑務所に三年間収監されていた。

村木が獄中にいる間に船田組は安岡組と手打ちを行い、二つの組は大阪の今井組に対抗するために手を組んでいた。

村木は違法な賭場に頻繁に出入りして花札賭博を行っている謎の若い女、冴子(加賀まりこ)と知り合う。冴子は身なりがよく、高級なスポーツカーを乗り回していた。

冴子は村木に、もっと大きい勝負ができる場所に連れて行ってほしいと頼む。冴子はギャンブルなどのスリルを追い求める行動によって上流階級の退屈な生活から逃れようとしていた。

冴子は村木に、人生に退屈していると話す。村木は冴子に、殺しをしている時だけ生きている実感を感じると話す。

村木と冴子はまともな生活に価値を見いだせず、空しさと自暴自棄の感情を共有していたため、二人は互いに惹かれ合ってゆく。

村木は愛人の古田新子(原知佐子)と再会する。新子は時計店の娘だった。

新子は職場の同僚から結婚を申し込まれていたが、村木を愛している新子は同僚の求婚を断る。一方、村木が求めているのは新子ではなく冴子だった。村木は新子に他の男と結婚しろと言う。

村木は冴子を東京の綱町の旅館で開かれている賭け金の高い賭場に連れて行く。二人はそこで葉という名の不気味な男(藤木孝)に出会う。葉は香港で二人を殺して逃げてきた麻薬常習者だった。

村木は麻薬をやっている人間を毛嫌いしていたが、違法薬物に興味を抱いていた冴子は葉に心を惹かれる。

村木は葉が冴子に薬物を注射している悪夢を見る。

船田組の組員で村木の弟分の玉木が今井組に殺される。船田組の組長は報復として今井組の組長を殺すために刺客を差し向けようとする。村木は今井殺害の実行役を自ら買って出る。

村木は「ヤクよりいいものを見せてやる」と言って冴子を今井がいる名曲喫茶に連れて行き、冴子の目の前で今井を刺殺する。

解説

『乾いた花』の原作は、1958年に文芸雑誌『新潮』に掲載された石原慎太郎の短編小説である。石原自身はこの小説を、「現代に於ける精神の頽廃」を背景にした「私のトリスタンとイゾルデの物語」と評している。

『乾いた花』は、 大島渚、吉田喜重とともに「松竹ヌーヴェルバーグ」の中心人物だった篠田正浩が監督した芸術的なフィルム・ノワールである。

ヤクザや賭博を題材にしているが、そのクールでモダンな作風は日本の正統的なヤクザ/博徒映画とは全く異なっている。

本作は、高コントラストの白黒シネマスコープによるスタイリッシュで美しい映像と、アルベール・カミュの『異邦人』(1942年)などの不条理小説のような虚無主義と実存的な主題が特徴である。

監督の篠田はシャルル・ボードレールの『悪の華』(1857年)が映画全体に強い影響を与えたと述べている。

当時45歳の池部良が虚無的なヤクザの村木役を、当時19歳の加賀まりこが謎の少女の冴子役を、それぞれ演じている。冴子の衣裳はファッションデザイナーの森英恵がデザインした。

武満徹による不協和音とパーカッションを多用した前衛的な音楽が印象的である。

賭場の場面では、胴元の掛け声が呪文のように響き、花札を切る音がタップダンスの音に変わるなど、音が催眠的な効果を生み出している。

若き日の高橋悠治がテーマ曲の電子音を手がけている。

村木がスローモーションで今井を殺す場面ではヘンリー・パーセルのオペラ『ディドとエネアス』のアリアが使用されている。この場面は宗教儀式のような厳粛さとオーガズムのような恍惚感を感じさせる。

村木の悪夢はソラリゼーションの技法を用いた幻想的な場面として描かれている。

花札賭博の克明な描写も本作の特徴の一つである。綱町の賭場の場面では賭けはバッタ撒き(アトサキ)で始まり、その後手本引きへと変わっている。

本作は1963年に公開される予定だったが、本作を自社の作風に合わないと考えた松竹は公開に難色を示し、併映する作品がないという理由で本作を8か月の間お蔵入りにした。その後、本作は1964年に日本で成人向け(18禁)の映画として公開された。

日本の映画雑誌『映画芸術』は1964年度の邦画ベストテンで本作を5位にランク付けした。

フランシス・フォード・コッポラやマーティン・スコセッシは本作から強い影響を受けている。スコセッシは本作のプリントを松竹から購入した。

米国のクライテリオン・コレクションは2011年に本作をDVDとBlu-rayで発売した(デジタル配信でも視聴可能)。

2022年に第72回ベルリン国際映画祭のクラシック部門で本作の4Kデジタル修復版が世界初公開された。

PALE FLOWER (1964) Trailer – The Criterion Collection