概説
『白いリボン』(ドイツ語:Das weiße Band – Eine deutsche Kindergeschichte、英語:The White Ribbon)は、ミヒャエル・ハネケ監督・脚本による2009年のドイツ・オーストリア・フランス・イタリア合作のドラマ映画である。第一次世界大戦前夜の1913年から1914年、北ドイツの架空の村アイヒヴァルトを舞台に、村で相次ぐ不可解な事件とその背後にある抑圧的な共同体の姿を、禁欲的でミニマルな様式で描く。モノクロ、上映時間144分。

2009年の第62回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した。ハネケにとって初のパルム・ドールであり、のちに『愛、アムール』(2012年)で再び受賞している。
予告編
作品データ
- 製作: シュテファン・アルント、ファイト・ハイドゥシュカ、マーガレット・メネゴズ、アンドレア・オキピンティ
- 製作総指揮: ミヒャエル・カッツ
- 製作会社: X Filme Creative Pool(ドイツ)、Wega Film(オーストリア)、Les Films du Losange(フランス)、Lucky Red(イタリア)ほか
- 監督・脚本: ミヒャエル・ハネケ
- 撮影: クリスティアン・ベルガー
- 編集: モニカ・ヴィッリ
- 主要キャスト: クリスティアン・フリーデル(教師)、エルンスト・ヤコビ(老年の教師の語り)、レオニー・ベネシュ(エヴァ)、ウルリッヒ・トゥクール(男爵)、ブルクハルト・クラウスナー(牧師)、ヨーゼフ・ビアビヒラー(管理人)、ライナー・ボック(医師)、スザンネ・ロタール(産婆)、マリア=ヴィクトリア・ドラグス(クララ)、レオナルト・プロクサウフ(マルティン)ほか
- 言語: ドイツ語
- 技術仕様: モノクロ、画面比1.85:1
プロットの概要
1913年夏から1914年6月のサラエヴォ事件(オーストリア大公フランツ・フェルディナント暗殺)による第一次世界大戦の勃発前夜までの、北ドイツの小村が舞台である。荘園領主の男爵、牧師、医師が村の人々を支配している。物語は、のちに老年を迎えた村の教師の回想として語られる。
ある日、医師が馬で帰宅する途中、木々のあいだに張られた針金に馬が足を取られて落馬し、重傷を負う。その後も、製材所での日雇い労働者の妻の転落死、男爵家のキャベツ畑が荒らされる事件、男爵の息子ジギが行方不明になったうえ暴行を受けて発見される事件、産婆の障害を持つ息子カーリが暴行を受ける事件などが続く。誰が何のために行ったのかは明らかにされないまま、村の人々は不信と暴力によって引き裂かれてゆく。
解説
制作の経緯・背景
ハネケはこの作品の構想を1990年代から10年以上温めていた。当初はオーストリア放送協会(ORF)向けのテレビ・ミニシリーズとして脚本が書かれたが、共同製作の資金が集まらず、いったん棚上げされた後、長編映画として復活した。
着想源の一つとして、ドイツ語圏の厳格な育児・教育のあり方、いわゆる「暗黒教育(schwarze Pädagogik)」が挙げられる。ハネケはインタビューで、19世紀から1960年代末頃まで続いた、体罰や羞恥を伴う抑圧的な教育観に言及している。ハネケはこの世代の子どもたちが1930年代にナチズムを担った世代にあたる点に注目しつつも、本作を単なる「ナチズムの起源」に還元することを明確に拒み、左右を問わず、イデオロギー的絶対主義やテロリズムが生まれる土壌──理想を絶対化し、他者を罰する心性──を描いた作品だと繰り返し語っている。
タイトルの「白いリボン」は、牧師が子どもたちに結ばせる白いリボンを指す。純潔と無垢を忘れないための「戒め」として課されるものである。副題の「ドイツの子供の物語(Eine deutsche Kindergeschichte)」は、語りの形式が回想であることを示唆する。
撮影
ベルガーはハネケとの協働で知られる撮影監督である。本作はカラーのフィルム(主にKodak Vision3)で撮影し、デジタル中間処理でモノクロに変換した。画面は20世紀初頭のドイツの写真家アウグスト・ザンダーの肖像写真を参照し、ノスタルジックな「古い白黒」ではなく、現代的なトーンの豊かなモノクロを目指した。室内ではオイルランプやろうそくなどの実用光源を重視し、ベルガーが開発した反射照明システム(CRLS)を活用している。
演出・様式
音楽はほぼ使われない。暴力そのものはしばしば画面の外で起こり、観客は結果だけを目にする。事件の真相は最後まで示されず、ハネケは犯人探しに答えを与えることを拒んでいる。静かな構図と長回しが抑圧された共同体の息苦しさを増幅させる。
テーマ分析
抑圧と教育
牧師は子どもたちが規律に違反するたびに体罰を与え、白いリボンを結ばせる。医師は家庭では娘や産婆を虐待している。権力者たちは共同体の秩序の名のもとに暴力を振るう。子どもたちは抑圧を内面化したうえで、自分たちが「正義」と考える暴力を実行する側に回る。
語りの不確かさ
語り手は冒頭で、これから語る話の細部を保証できないという趣旨のことを述べる。観客は、語り手が知り得ないはずの場面も目にすることになる。語りの信頼性は、観客に対して宙吊りにされる。
歴史との接続
物語は、教会の礼拝の場でサラエヴォの事件が告げられる場面で幕を閉じる。作中の出来事と、その後の歴史との因果関係は示されない。歴史的な接続は観客の側に委ねられている。
公開
2009年5月21日、第62回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で世界初上映された。オーストリアでは2009年9月24日、ドイツでは2009年10月15日に劇場公開。フランスでは10月21日、イタリアでは10月30日、イギリスでは11月13日に、欧州各国で順次公開された。日本では2010年12月4日に公開された。
評価
批評家の評価は総じて高く、画面の美しさ、緊張感、重層的な読みを可能にする構造が広く称賛された。Rotten Tomatoesでは約85%、Metacriticでは84点と、集計サイトでも高い評価を維持している。一方で、事件の真相が最後まで明かされない点や、物語を後のナチズムと直接結びつける読み方には批判もあった。ハネケ自身が「ドイツ問題に限定して解釈されることを望まない」と繰り返し語っている点も、議論を呼んだ。
受賞・ノミネート
- カンヌ国際映画祭(2009年):パルム・ドール、国際批評家連盟賞、エキュメニカル審査員特別賞
- ヨーロッパ映画賞(2009年):作品賞、監督賞、脚本賞
- ゴールデングローブ賞(2010年):外国語映画賞
- アカデミー賞(2010年/第82回):外国語映画賞(ドイツ代表)、撮影賞(クリスティアン・ベルガー)にノミネート
ホームメディア
ドイツでは2010年3月頃にDVDおよびBlu-ray(Warner Home Video / X-Verleih系)が発売され、以降複数回再発売されている。2026年3月には限定メディブック版(Blu-ray+DVD)が発売された。オーストリアやフランス、イタリアなどでも2009〜2010年にかけて順次ホームビデオがリリースされた。
北米ではSony Pictures Classicsが劇場配給し、2010年にDVD/Blu-rayが発売された。イギリスではArtificial Eyeなどが取り扱った。
日本では劇場公開後にDVDが発売され、2021年3月31日にIVCから国内初Blu-rayがリリースされた。
現在は各国でストリーミング配信も行われている。
検索リンク
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あらすじ(ネタバレあり)
語り手である老年の教師(後に仕立屋)は、物語の冒頭で「これから語る話のすべてが真実かどうかは保証できない」と断る。
1913年夏、北ドイツの架空のプロテスタントの村アイヒヴァルトに、若い教師が赴任する。村は男爵(荘園領主)、厳格な牧師、医師によって支配されている。教師は男爵家の家庭教師エヴァと出会い、徐々に親しくなる。
ある日、医師が帰宅途中、木々の間に張られた細い針金に馬が足を取られて落馬し、重傷を負う。針金は誰かが意図的に張ったものだった。その後、男爵家の製材所で働く日雇い労働者の妻が、腐った床板を踏み抜いて転落死する。収穫祭の後、労働者の息子マックスが男爵家のキャベツ畑を荒らす。男爵の幼い息子ジギが行方不明になり、翌日、納屋で手足を縛られ、鞭で打たれた状態で発見される。管理人の息子の一人がジギを川に投げ込む事件も起きるが、別の息子が助ける。
牧師は自身の子どもたち(長女クララ、長男マルティンら)に対し、些細な過ちで体罰を加え、白いリボンを腕に結ばせて「純潔」の戒めとする。マルティンが自慰を告白すると、夜ごとに手をベッドに縛りつける。牧師の飼い鳥が、はさみで串刺しにされて机に置かれる事件も起こる(クララが関与したことが示唆される)。
医師は同居する産婆を言葉で虐待し、自身の娘アンナを性的に虐待していることが示唆される。産婆の障害を持つ息子カーリが、森で暴行を受け、ほぼ失明する状態で発見され、出エジプト記を引用した脅しのメモが残される。管理人の娘が「カーリがひどい目に遭う夢を見た」と教師に告げる。
教師は牧師の子どもたちの言動に不審を抱き、事件の多くが彼らによるものではないかと牧師に告げる。牧師は激昂し、教師を脅して口封じする。男爵夫人は夫に愛情の冷えを告白し、イタリアへ去ることを望む。医師は産婆を突然拒絶する。産婆は息子とともに村を去り、医師も家族とともに村を去る。労働者の夫は妻の死後に首を吊って自殺する。
教師はエヴァの父に結婚の許しを求め、一年の猶予を条件に認められる。物語の終わり近く、1914年夏、教会の礼拝でサラエヴォでの大公暗殺のニュースが告げられる。第一次世界大戦の勃発が近づくなか、教師は徴兵され、村を去る。戦後、彼は町で仕立屋を営み、村人たちと再び会うことはなかった。事件の真相は最後まで明らかにされない。
