概説
『さすらい』(ドイツ語原題:Im Lauf der Zeit、「時の経過の中で」の意)は、ヴィム・ヴェンダース監督・脚本・製作による1976年の西ドイツのロードムービーである。上映時間は約175分。
旅回りの映写機修理技師と、妻と別居したばかりの児童心理学者の二人が、東西ドイツの国境地帯を南へと移動しながら、各地の小さな映画館を訪ね歩く。
ヴェンダースの非公式な「ロードムービー三部作」の第三作かつ最終作であり、前二作の『都会のアリス』(1974年)、『まわり道』(1975年)に続く作品である。

製作:ヴィム・ヴェンダース・プロダクション、西ドイツ放送との共同製作。
監督・脚本・製作:ヴィム・ヴェンダース。
撮影監督:ロビー・ミュラー、マルティン・シェーファー。
編集:ペーター・プルツィゴッダ。
音楽:アクセル・リンシュテット、演奏:インプルーヴド・サウンド・リミテッド(Improved Sound Limited)。
主要キャスト:リュディガー・フォーグラー(ブルーノ・ヴィンター)、ハンス・ツィシュラー(ロベルト・ランダー)、リザ・クロイツァー(パウリーネ、映画館の切符売り)、ルドルフ・シュンドラー(ロベルトの父親)、マルクアルト・ボーム(妻を亡くした男)、ハンス・ディーター・トライアー(パウル、ロベルトの幼なじみ)、フランツィスカ・シュトンメル(映画館の老女館主)、パトリック・クロイツァー(少年)。
言語:ドイツ語。フォーマット:35mmモノクロ、アスペクト比1:1.66。
予告編

プロットの概要
映写機修理技師のブルーノ・ヴィンターは、改造した家具運搬トラックに乗って一人でドイツ国内国境線沿いを走り、各地の小映画館の機材を保守する日々を送っている。
ある朝、エルベ川のほとりで一人の男がフォルクスワーゲン・ビートルを川に突っ込むのを目撃する。運転していたのはロベルト・ランダー、妻と別居したばかりの児童心理学者だった。ブルーノはその行為にユーモアを見出し、男に「カミカゼ」というあだ名を付ける。行くあてのないロベルトはブルーノのトラックに同乗する。
二人は東西ドイツの国境周辺地帯(ゾーネンランドゲービート)を南へ進みながら、各地の映画館を回る。妻が自殺した傷心の男との遭遇、ロベルトが父親の印刷会社を訪ねる場面、ブルーノと映画館の切符売りのパウリーネとのつかの間のロマンス、ブルーノが子供時代を過ごしたライン川の島への寄り道。
二人は旅の終わりに、東ドイツの死の回廊に面した廃棄された旧米軍の監視小屋で一夜を共にし、語り合う。翌朝、二人に別れの時がくる。
解説
制作の経緯・背景
ヴェンダースは前作『まわり道』の撮影中、西ドイツ各地のロケーションで、既存の脚本の制約から映像に収めることができなかった場所や情景を多数目にした。彼は次回作を移動する映画として作ることを決め、行程そのものが物語の構造となる形式を構想した。
ヴェンダースが事前に設定したルートは、東西ドイツの国境沿いを北のリューネブルクから南のホーフないしパッサウまで縦断し、その道中に存在する80以上の小映画館を巡るものだった。当時この地帯はテレビの普及によって独立系映画館の経営が深刻な打撃を受けており、館の閉鎖が相次いでいた。
脚本はほぼなかった。冒頭の出会いの場面だけが事前に書かれており、それ以外はヴェンダース、フォーグラー、ツィシュラー、撮影監督ロビー・ミュラー、助監督マルティン・ヘニングが毎晩その日の夕方に翌日の撮影内容を決めるという形で進行した。クルーは少人数で、撮影は1975年7月1日から10月31日まで4か月にわたって行われた。
製作費は73万800ドイツマルク(当時約31万5000米ドル相当)。連邦内務省の脚本奨励金25万マルクを含む。本作はヴェンダースが新たに設立したプロダクション「Road Movies Produktion」の最初の作品である。本作はフリッツ・ラングに捧げられている。
ロケーション
撮影はすべて東西ドイツの国境沿いの回廊地帯で行われ、北から南へと進んだ。劇中で言及または登場する地名は、ヴォルフスブルク、ヘルムシュテット、シェーニンゲン、マハトロス、フリートロス、オストハイム・フォア・デア・レーン、ハスフルト、ホーフなどである。
劇中に登場するヘルムシュテットのロキシー映画館は現在も稼働中の映画館として残っている。劇中に登場する映画館で唯一の現存例である。
二つのエピソードでは国境回廊から離れた場所が舞台となる。ロベルトの父の印刷会社の場面はバイエルン州のオストハイム・フォア・デア・レーンで撮影された。ライン川の孤島のシーンはローレライ付近の実際の島(バッハラッヒャー・ヴェルト)で撮影された。
撮影技法
ヴェンダースとミュラーはモノクロを選択した。カメラはARRI 35 BL、ネガフィルムはコダックのPlus-XおよびFour-X、プリントはORWOのポジフィルムを使用した。
撮影はルートに沿って時系列順に行われた。ミュラーのカメラは主に長回しとゆったりしたパンによって動き、カットは最小限に抑えられている。
自然光が可能な限り活用されている。
視線の方向とその対象を切り返しで繋ぐ編集は意図的に抑制されている。ペーター・プシゴッダによるこの編集様式は、登場人物と風景に対して一定の観察的距離を維持する。
消えゆく映画館の記録
本作はフィクションであるが、1975年の西ドイツ内陸部の国境沿いの風景を記録したドキュメンタリーとしても鑑賞できる。
劇中に登場する映画館のほぼすべてはその後閉館しており、それらの内部、機材、運営者を映した場面は貴重な記録映像となっている。
潜在意識の植民地化
旧米軍の監視小屋の場面でロベルトが言う「ヤンキーたちは俺たちの潜在意識を植民地化した」という台詞は、ブルーノが女性との口論中にエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)の「Mean Woman Blues」のメロディが頭に流れたという挿話——アメリカのポップカルチャーが彼らの感情の語彙をいかに深く規定しているかの例——の文脈で発せられる。
この台詞は、戦後西ドイツの文化的アイデンティティをめぐる批評言説において最も頻繁に引用される発言の一つとなった。
インプルーヴド・サウンド・リミテッドのオリジナル曲とアメリカのロックンロールのシングルを混在させた本作のサウンドトラックは、この台詞が名指しする状況をそのまま表現している。
女性の不在
本作では物語を展開させる登場人物としての女性が不在であり、女性が欠如として扱われている。
ロベルトとブルーノは妻を自殺で失った男に出会う。妻と別れたロベルトは何度も妻に電話をかけるが話すことすらできない。ブルーノとパウリーネのロマンスは一夜限りで終わり、ブルーノは孤独を抱えたまま旅を続ける。ロベルトと父親の確執の大元には亡くなった母親の存在がある。
楽曲
ブルーノのポータブルレコードプレイヤーから流れる曲は、クリス・モンテス(Chris Montez)の「The More I See You」(1966年)、ハインツ(Heinz)の「Just Like Eddie」(1963年)、ロジャー・ミラー(Roger Miller)の「King of the Road」(1965年)である。
ブルーノがパウリーネと出会う場面では遊園地の
スピーカーからクリスピアン・セント・ピーターズ(Crispian St. Peters)の「So Long」(1966年)が流れている。
映画の序盤でブルーノがロベルトと喫茶店で話す場面では、ブルーノがローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)のカバー(1969年)で知られるロバート・ジョンソン(Robert Johnson)の「Love in Vain」(1939年)の一節(When the train left the station / With a suitcase in my hand)を歌っている。
公開
西ドイツ初公開は1976年3月4日、ベルリン。国際的なプレミアは1976年5月26日にカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で行われた。
受賞・ノミネート
- 1976年カンヌ国際映画祭 — FIPRESCI賞(全会一致)
- 1976年シカゴ国際映画祭 — ゴールド・ヒューゴー賞(最優秀作品賞)
- 1976年カンヌ国際映画祭 — パルム・ドール(ノミネート)
4Kデジタル修復版
2014年にARRIフィルムとTVサービス・ベルリンは本作のデジタル修復を行い、オリジナルネガを4K解像度でスキャン、レタッチ、カラー補正した。
ホームメディア
1987年にVHSでリリースされ、2008年にアクシオム・フィルムズ(イギリス)が英語字幕付きのDVD(リージョン2)を発売した。
2016年、クライテリオン・コレクション(米国)はロードムービー三部作の4Kデジタル修復版を収録した三枚組ボックスセット『Wim Wenders: The Road Trilogy』をDVDとブルーレイでリリースした。
評価・影響
『さすらい』は1976年の公開時、約3時間という上映時間と明確なプロットの欠如が商業配給の主流から外れていたため、一般観客よりも批評家と映画祭の観客向けの映画として受容された。
その後、本作はニュー・ジャーマン・シネマの礎となる作品の一つ、ロードムービーという形式の定義的な例として位置づけられるようになった。
ドイツの映画事典『国際映画レキシコン』は本作を「古典的な教養小説の説得力ある明快さと叙事的な静けさを、アメリカのジャンル映画の神話的な資質と結び合わせている」と評した。
映画監督では、ジム・ジャームッシュ、アッバス・キアロスタミ、ガス・ヴァン・サントらが直接の影響を受けた作品として本作を挙げている。
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あらすじ(ネタバレあり)
プロローグ
地方の小さな映画館でブルーノ・ヴィンターが映写機の修理をしている。映画館主の老人は、サイレント映画の時代に映画館の演奏者として働いていた頃を回想し、フリッツ・ラングの『ニーベルンゲン』(1924年)やフレッド・ニブロの『ベン・ハー』(1925年)の上映に伴奏音楽をつけたと語る。
エルベ川河畔~ヴォルフスブルク周辺~ヘルムシュテット
ニーダーザクセン州ランゲンドルフのエルベ川沿い(デーミッツ橋付近)で、ブルーノが改造した家具運搬トラックを停め、車外で髭を剃っている。トラックの運転席には今も大きな文字で「Umzüge(引越し)」と書かれており、荷台には修理工具、映写機の部品、ポータブルレコードプレイヤーが積まれている。
ロベルト・ランダーは前日ジェノバで妻と別居したばかりだった。ロベルトはフォルクスワーゲン・ビートルを加速させ、川へと突っ込む。濡れながら岸に上がるロベルトをブルーノは目撃し、大笑いする。ブルーノはロベルトに服を貸し、「カミカゼ」と名付ける。行き先のないロベルトはブルーノの同乗者となる。
二人はキュンシェやリューヒョーなどを通過してヴォルフスブルク周辺へと移動し、その後ヘルムシュテットへ向かう。ブルーノはヘルムシュテットのロキシー映画館で機材の保守を行う。
シェーニンゲン周辺
ロベルトとブルーノはシェーニンゲン周辺(ニーダーザクセン州)の廃リグナイト炭鉱・工業施設跡の近くで、妻が車で木に突っ込んで自殺したという男に遭遇する。
ロベルトの父親の印刷会社
ロベルトは一人でバイエルン州のオストハイム・フォア・デア・レーンにある父親の印刷会社を訪れる。ロベルトの母親は8年前に亡くなっており、ロベルトはその後父親とは会っていなかった。
父親はロベルトの母親の死後一人で暮らしており、印刷会社で小さな地方紙を発行している。ロベルトは父親が母親を支配し抑圧したことを責める。
ロベルトは一晩かけて活字植字機で父親へのメッセージを組版し、新聞の号外の見出しにして印刷する。見出しは「WIE EINE FRAU ACHTEN KOENNEN(Wie eine Frau achten können)」(女性をどう敬うか)と疑問符なしで書かれている。
ブルーノとパウリーネの出会い
ブルーノは地方都市の移動遊園地でパウリーネという名の女性と出会う。パウリーネはポスト・リヒトシュピーレという小さな映画館で切符売りとして働いていた。
その夜、ポスト・リヒトシュピーレではポルノ映画が上映され、ブルーノは上映中に自慰をしていた映写技師と衝突し、映写技師は怒って帰宅する。ブルーノは映写を代行する。ブルーノとパウリーネは映画館で一晩をともに過ごす。
翌朝、ブルーノはロベルトをロベルトの父親の印刷会社に迎えに行き、トラックにロベルトを乗せて出発する。
ライン川の孤島
ロベルトは幼なじみのパウルからBMWのサイドカー付きオートバイを借りる。ブルーノはロベルトをサイドカーに乗せてオートバイでライン川へ向かい、ローレライ付近のライン川の中州バッハラッヒャー・ヴェルトにある廃屋(ブルーノが母親と住んでいた生家)を訪れる。
バイエルン州ハスフルト
ブルーノはバイエルン州ハスフルトのC&C映画館で機材の保守を行う。
バイエルン州ホーフ周辺
ブルーノとロベルトはバイエルン州ホーフ周辺のバイエルンの森の国境近くの廃棄された旧米軍監視小屋で一夜を過ごす。
二人はビールを飲みながら女性や孤独について語り合い、激論の末に殴り合う。
翌朝、ロベルトは「Es muss alles anders werden. So long. R.(すべてが変わらなければならない。では。R。)」という書き置きを残して去る。
ロベルトは駅で空のスーツケースとサングラスを少年に渡し、代わりに少年からノートを受け取る。
ロベルトは列車に乗り、並走するブルーノのトラックを目撃する。
エピローグ
ブルーノはバイエルン州ハスフルトの「白い壁映画館」(Weiße Wand Lichtspiele)で映写機を修理する。老女館主は、搾取的な現代映画は上映できないと言い、父親から受け継いだ映画館の閉館を決意する。映画館の入口のネオンサインは部分的に壊れており、「WW・E・N・D」という文字が残っている。
