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夢のチョコレート工場(1971年)

概説

『夢のチョコレート工場』は、ロアルド・ダールの1964年の児童小説『チョコレート工場の秘密(Charlie and the Chocolate Factory)』を原作とする1971年のアメリカ合衆国のミュージカル・ファンタジー映画である。監督はメル・スチュアート、脚本はロアルド・ダール(デヴィッド・セルツァーによるクレジットなしの改稿を含む)、主演は製菓王ウィリー・ウォンカを演じ、後年この役の代名詞的存在となったジーン・ワイルダー。ウォンカが自らの工場の見学権を懸けて「黄金の切符」探しの大騒動を仕掛け、貧しい少年チャーリー・バケットを含む5人の子供たちが工場を巡るという物語である。

本作の成立過程で特筆すべきは、製作費300万ドルの全額を映画会社ではなく食品メーカーのクエーカー・オーツ社が出資した点である。クエーカー・オーツは新規参入する菓子事業のタイアップ商品として「ウォンカ・バー」の発売を計画しており、原作小説のタイトルを離れて主人公の名を冠した『Willy Wonka & the Chocolate Factory』への改題を条件に出資した。すなわち本作は、性質としては長編映画の体裁をとった企業広告として企画された作品であり、この出自は本作を論じる上で重要な前提となる。

公開時の興行成績は振るわなかったが、1980年代以降のテレビ放映とホームビデオ市場を通じて批評的・大衆的な再評価が進み、今日では世界的なカルト・クラシックとしての地位を確立している。

予告編

作品データ

  • 原題:Willy Wonka & the Chocolate Factory
  • 監督:メル・スチュアート
  • 脚本:ロアルド・ダール(デヴィッド・セルツァーによるクレジットなしの改稿を含む)
  • 原作:ロアルド・ダール『チョコレート工場の秘密』(1964年)
  • 製作:スタン・マーギュリーズ、デヴィッド・L・ウォルパー
  • 製作会社:ウォルパー・ピクチャーズ、クエーカー・オーツ社
  • 配給:パラマウント・ピクチャーズ
  • 撮影:アーサー・イベットソン
  • 編集:デヴィッド・サクソン
  • 音楽(劇中歌):レスリー・ブリッカス、アンソニー・ニューリー
  • 音楽(劇伴):ウォルター・シャーフ
  • 美術:ハーパー・ゴフ
  • 特殊効果:ローガン・R・フレイジー
  • 出演:ジーン・ワイルダー(ウィリー・ウォンカ)、ジャック・アルバートソン(祖父のジョー)、ピーター・オストラム(チャーリー・バケット)、ロイ・キニア(ソルト氏)、ジュリー・ドーン・コール(ヴェルーカ・ソルト)、デニス・ニッカーソン(ヴァイオレット・ボーレガード)、パリス・テメン(マイク・ティービー)、ミヒャエル・ボルナー(アウグストゥス・グループ)、ダイアナ・ソウル(バケット夫人)ほか
  • 公開日:1971年6月30日(アメリカ合衆国か)
  • 上映時間:100分
  • 製作国:アメリカ合衆国
  • 言語:英語
  • 製作費:300万ドル

プロットの概要

大手菓子メーカーの経営者ウィリー・ウォンカは、長年にわたって工場の扉を固く閉ざし、誰も工場に出入りする者を目にした者がいないという謎めいた存在であった。ある日、ウォンカは自社のチョコレートバーの中に5枚の「黄金の切符」を隠したと発表する。これを引き当てた5人には、工場の見学と生涯分のチョコレートが約束される。

世界中で狂騒的な切符の争奪戦が繰り広げられる中、貧しい新聞配達の少年チャーリー・バケットは、溝で拾った硬貨で買ったチョコレートバーの中から最後の1枚を偶然引き当てる。

チャーリーと祖父のジョーは、他の4人の子供たち――大食漢のアウグストゥス・グループ、わがままなヴェルーカ・ソルト、ガムを噛み続けるヴァイオレット・ボーレガード、テレビに夢中なマイク・ティービー――とその保護者たちとともに工場の門をくぐる。

工場の中には、チョコレートの川が流れる部屋や、食べられる草花の生い茂る庭園、発明中の試作品が並ぶ実験室など、想像を絶する光景が広がっていた。

しかしツアーが進むにつれ、子供たちは各々の欠点――暴食、強欲や特権意識、傲慢や虚栄、怠惰やテレビ中毒――が原因で次々と奇妙なトラブルに巻き込まれ、脱落していく。最終的に工場に残るのはチャーリーただ一人となり、ここでウォンカが仕掛けていた本当の意図が明らかになる。

解説

制作の経緯・背景

本作の企画は、プロデューサーのデヴィッド・L・ウォルパーとスタン・マーギュリーズによって進められた。監督のメル・スチュアートがウォルパーに原作の映画化を持ちかけ、ウォルパーがクエーカー・オーツに出資を打診したのが発端とされる。当時のクエーカー・オーツは菓子事業への参入を模索しており、映画を「ウォンカ・バー」という新商品のための実写コマーシャルとして位置づけることに合意した。この経緯から、原作小説のタイトル『Charlie and the Chocolate Factory』は、主人公チャーリーではなくウィリー・ウォンカを前面に出した『Willy Wonka & the Chocolate Factory』へと改められている。

脚本はダール自身が第一稿を執筆したが、その後デヴィッド・セルツァーがクレジットなしで大幅な改稿を行い、楽曲パートの追加や結末部分の変更を含む改変を加えた。ダールはこの改変、とりわけ原作以上にウォンカという人物に焦点が当てられたことや結末の改変に強い不満を抱き、完成作を公然と拒絶するに至った。この対立は、原作者と映画製作陣との間で著作物の解釈権をめぐって生じた典型的な軋轢の一例として位置づけられる。ダールは存命中、本作の続篇(続編小説『ガラスの大エレベーター』を原作とする企画)の映画化を許可しなかった。

撮影は1970年8月から11月にかけて、西ドイツのミュンヘン一帯で行われた。

特徴

本作は狭義のミュージカル映画とは一線を画し、楽曲パートを物語の要所に配する形式をとる。楽曲はレスリー・ブリッカスとアンソニー・ニューリーが作詞・作曲を手がけ、劇伴の編曲・指揮はウォルター・シャーフが担当した。中でも「Pure Imagination」はウォンカが子供たちにチョコレートの部屋を初めて見せる場面で歌われ、以後のポップカルチャーにおいて繰り返し引用・カバーされる楽曲となった。また「The Candy Man」はサミー・デイヴィス・ジュニアによるカバーが1972年に全米ヒットチャートで1位を獲得し、映画そのものの知名度とは別に楽曲単体で広く知られる存在となった。

撮影技法

撮影監督はアーサー・イベットソン。『汚れなき瞳』(1961年)や『若草の祈り』(1970年)など子供を主人公とする作品を多く手がけてきた人物である。

工場内部の各部屋は広角レンズを用いて実際以上の空間的広がりを感じさせるよう撮影されており、とりわけチョコレートの川が流れる部屋では、暖色系の照明によって過剰なまでの甘美さと過食への誘惑が視覚化されている。

対照的に、子供たちが脱落していく場面では影を強調した硬質な照明が用いられ、同じセット内でも場面ごとにトーンを大きく転換させる手法がとられている。

最も技法的な冒険が施されているのは、工場内をボートで進む「幻覚的トンネル」の場面である。ここでは急速なズームやストロボ的な点滅光、モンタージュ的なイメージの断片挿入によって、それまでの牧歌的な映像文法から一転して観客の方向感覚を意図的に攪乱する演出がなされている。この場面はG指定(全年齢向け)の家族映画としては異例に強い不穏さを持つとして、公開当時から今日に至るまでたびたび言及の対象となってきた。

ロケーション

本作は物語上の舞台を明示しないが、実際の撮影は西ドイツ・バイエルン州のミュンヘン近郊で行われた。ロサンゼルスやニューヨークでの撮影に比べ製作費を大幅に抑えられたことが、この地を選んだ理由の一つとされる。

工場の外観にはミュンヘン市営ガス工場(現シュタットヴェルケ・ミュンヘン)の敷地が用いられ、工場内部の各セット(チョコレートの部屋、発明の部屋、幻覚のトンネルなど)はグリューンヴァルト近郊ガイゼルガシュタイクにあるバヴァリア・スタジオで撮影された。

物語終盤、ウォンカとチャーリーが乗った「ウォンカベーター」(ガラス張りの昇降機)が工場の屋根を突き破って空へ飛び立つ場面の俯瞰ショットには、バイエルン州の古都ネルトリンゲンの市街地が用いられている。同地は城壁に囲まれた円形の旧市街を持つことで知られる。

このほかチャーリーの通学路や自宅周辺の場面はミュンヘン市内シュヴァービング地区やクヴェレン通り周辺で撮影された。

特殊効果

特殊効果はローガン・R・フレイジーが担当した。CG以前の時代の作品であるため、視覚的な仕掛けの大半は実写のセットとオプティカル合成、模型撮影によって実現されている。アウグストゥス・グループがチョコレートの川に転落し、パイプに吸い込まれていく場面も実写のスタント撮影による。

デザインと造形

ゴールデン・グースの間で登場する、金の卵を産むガチョウは、原作小説のリスをガチョウに置き換えた改変である。

ウンパルンパ族は、原作で描かれる褐色の肌に対し、本作ではオレンジ色に着色された肌と緑色のポンパドール風の髪型という視覚的に強いデザインが与えられ、これはラスティ・ゴフ、ジョージ・クレイドン、マルコム・ディクソンら低身長の俳優10名によって演じられた。この造形は後年の映像化作品(2005年版、2023年版)にも一定の影響を与えている。

テーマ分析

本作の主題は、表層的には「暴食や強欲といった悪徳が因果応報的に罰せられ、謙虚で善良な主人公が報われる」という寓話的道徳劇の形式をとる。4人の子供たちの脱落は、それぞれ暴食(アウグストゥス)、強欲/甘やかされて育ったことによる特権意識(ヴェルーカ)、傲慢/虚栄(ヴァイオレット)、そして怠惰/テレビ中毒(マイク)という個別の悪徳と結びつけられており、彼らの脱落を歌うウンパルンパの楽曲が、その都度、教訓を明示的に言語化する役割を担う。この構造自体はダールの原作小説に由来するものであり、児童文学における伝統的な勧善懲悪譚の枠組みを踏襲している。

しかし本作を単純な道徳劇として片付けることは、その成立過程を踏まえると一定の留保を要する。前述の通り、本作は菓子メーカーの出資によって企画された、実質的に長編コマーシャルとしての性格を色濃く持つ作品である。「チョコレートや黄金の切符への過剰な欲望を戒める物語」が、菓子ブランドの販促を目的として制作されたという事実には、自己言及的な矛盾が内在している。すなわち本作は、消費社会における欲望の喚起(映画自体がその商業的機能を担う)と、劇中で描かれる欲望への処罰という二重のメッセージを同時に発する構造を持っている。

また、マイク・ティービーの脱落を巡るエピソードは、テレビというメディアそのものへの風刺として読むことができる。ウォンカビジョン(Wonkavision)と呼ばれるテレポーテーション装置によってマイクの身体が縮小・転送される場面は、テレビというメディアに子供が過剰に耽溺することへの当時の文化的懸念を反映したものと解釈できる。

公開

本作は1971年6月30日、パラマウント・ピクチャーズの配給によりアメリカ国内で公開された。当時のパラマウントは本作の権利を1977年まで保持し、その後ホームビデオに関する権利はワーナー・ブラザースへと移行した。

評価

興行面では、300万ドルの製作費に対して初年度興行収入は約400万ドルにとどまり、同年のアメリカ国内興行成績としては約53位に相当する規模であった。主演のピーター・オストラム(チャーリー役)は、公開当時の批評について「良くても生ぬるいものだった(lukewarm at best)」と後年振り返っている。また共演のジュリー・ドーン・コール(ヴェルーカ・ソルト役)も、興行的には成功とは言えず、公開から数週間で上映が打ち切られ、その後長らく忘れられた作品になっていたと証言している。

批評面では公開当時から一定の支持を得ており、当時シカゴ・サン=タイムズの若手批評家であったロジャー・イーバートは満点評価を与え、本作を『オズの魔法使』以来最良の同種の作品と評した。一方で、子供向け作品としては幻覚的トンネルの場面が過度に不穏であるとの指摘も当時から存在した。

1972年のアカデミー賞では作曲賞(劇伴・編曲)にノミネートされ、ワイルダーは第29回ゴールデン・グローブ賞でミュージカル・コメディ部門主演男優賞にノミネートされたが、いずれも受賞には至らなかった。

1980年代以降、テレビの繰り返しの再放送とホームビデオの普及を通じて本作は徐々にカルト的な人気を獲得し、1996年にワーナー・ブラザースがファミリー・エンターテインメント部門の下で再公開した際には約2100万ドルの追加収入を記録した。今日における批評的評価は公開当時よりも大幅に好転しており、後年の再評価においては本作が児童向けファンタジー映画の視覚的語法を方向づけた先駆的作品として位置づけられることが多い。

歴史的な位置づけ

本作は、2014年にアメリカ議会図書館の国立フィルム登録簿に「文化的、歴史的、または美学的に重要」な作品として登録された。これは本作が単なる興行的失敗作から一転して、アメリカ映画史における参照点の一つとして公的に承認されたことを意味する。

本作の商業的失敗と、それに続く長期的な文化的成功という軌跡は、映画作品の価値評価が公開時点の興行成績のみに還元されえないことを示す事例としても言及される。

その他の特記事項

「ウォンカ・バー」の商品展開

映画のタイアップ商品として企画された「ウォンカ・バー」は、公開に先立つ1971年5月に市場投入されたが、保管条件を守っても溶けやすいという製造上の欠陥により、間もなく店頭から撤去される事態となった。結局クエーカー・オーツは「スーパー・スクランチ」や「ピーナッツバター・オンパ」など別系統の菓子のみを展開するにとどまり、当初企図された「ウォンカ・バー」自体の本格的な発売は1976年まで持ち越された。この経緯は、本作が広告塔としての機能すら当初の計画通りには果たせなかったことを示しており、前述のテーマ分析における「欲望の喚起と処罰の二重構造」に、皮肉な形で現実の商業的挫折が重なる結果となっている。菓子ブランドとしての「ウィリー・ウォンカ・キャンディー・カンパニー」は1988年にネスレへ売却され、以後は同社のもとで「ウォンカ・バー」などの商品展開が断続的に行われた。

アーサー・オショーネシーの詩の引用

ウォンカが「舐められる壁紙」の廊下でヴェルーカ・ソルトの頬をつかみながら口にする台詞「我らは音楽を作る者、そして夢を夢見る者(We are the music makers, and we are the dreamers of dreams)」は、アーサー・オショーネシーが1874年に発表した詩「頌歌(Ode)」の冒頭の引用である。

電子音楽家リチャード・D・ジェームス(エイフェックス・ツイン)は、このウォンカの台詞をサンプリングし、楽曲「We Are the Music Makers」(アルバム『Selected Ambient Works 85–92』収録)で使用している。

ホームメディア

本作のホームメディア展開は、その文化的再評価と密接に結びついている。

1996年10月8日にはヒップ・オー・レコーズ(MCAレコード傘下)よりサウンドトラックの「25周年記念エディション」がCDで発売された。

映像ソフトとしては、2009年にワーナー・ホーム・ビデオよりブルーレイが発売され、2011年11月1日には40周年記念のデラックス・エディション(ブルーレイ、DVD、特典ディスクに加え、ウォンカ・バー型の缶や香り付き鉛筆などのグッズを同梱)が発売された。

2021年6月29日には50周年を記念して4K UHDブルーレイが発売され、この際に従来のブルーレイ版で生じていたアスペクト比の誤り(1.78:1)が修正され、劇場公開時に近いとされる1.85:1での収録に改められている。同ソフトには、監督のメル・スチュアートやプロデューサーのデヴィッド・L・ウォルパー、ワイルダー本人、ウンパルンパ役のラスティ・ゴフ、および子役出演者へのインタビューを収めたドキュメンタリー「Pure Imagination: The Story of Willy Wonka and the Chocolate Factory」(約31分)が収録されている。

その他の映像化作品

チャーリーとチョコレート工場(2005年)

原作小説はその後、新たに一度映画化されている。ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演による『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)は、原作により忠実な脚色を志向し、ウォンカの生い立ちに関する新たな設定(父親であるウォンカ博士のエピソードなど)を加えた一方、批評的な評価は賛否が分かれた。同作ではウンパルンパ族全員をディープ・ロイ1人がデジタル合成によって演じている点が、1971年版で複数の俳優が演じた演出との対照点として頻繁に指摘される。

ウォンカとチョコレート工場のはじまり(2023年)

2023年には、ポール・キング監督、ティモシー・シャラメ主演によるウィリー・ウォンカの前日譚『ウォンカとチョコレート工場のはじまり(Wonka)』が公開された。同作は原作小説を直接翻案した作品ではなく、若き日のウォンカが製菓業界に身を投じていく過程を描くオリジナル要素の強い脚本によっている。製作陣および主演のシャラメは、本作を1971年版と設定上連続する「コンパニオン・ピース」と位置づけていると公言している。

検索リンク

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あらすじ(ネタバレあり)

黄金の切符の発表

貧しい家庭に育つ少年チャーリー・バケットは、新聞配達で得たわずかな収入で家計を支えている。町の菓子製造業者ウィリー・ウォンカは長年にわたり工場の扉を閉ざしており、祖父のジョーによれば、これは競合他社によるレシピの産業スパイ行為が横行したためだという。ある日ウォンカは、自社のチョコレートバーの中に5枚の「黄金の切符」を隠したと発表し、これを見つけた者には工場見学と生涯分のチョコレートを約束する。

歌1:「The Candy Man(キャンディ・マン)」

歌い手:菓子店の店主ビル。町中の人々がウォンカの菓子に夢中になっている様子を歌い、これから始まる騒動への期待感を高める、物語冒頭の一曲。

切符の争奪戦

世界各地で狂騒的な切符の争奪戦が繰り広げられ、最初の4枚は、大食漢のドイツ人少年アウグストゥス・グループ、裕福でわがままなイギリス人少女ヴェルーカ・ソルト、絶えずガムを噛み続けるアメリカ人少女ヴァイオレット・ボーレガード、テレビに夢中なアメリカ人少年マイク・ティービーによって引き当てられる。いずれの当選発表の場にも、謎めいた人物(後にウォンカのライバル業者スラッグワースの手先と判明する)が現れ、当選者に金銭と引き換えに工場内でガムボールの試作品「永遠のゴブストッパー」を持ち出すよう持ちかける。

チャーリーも誕生日にもらったチョコレートバーを開けるが、当たりは出ない。

歌2:「Cheer Up, Charlie(元気を出して、チャーリー)」

歌い手:バケット夫人。黄金の切符が当たらず意気消沈するチャーリーを、母親が子守唄のように優しく慰める一曲。

チャーリーの当選

5枚目の切符はパラグアイの富豪が手にしたと報じられ、チャーリーは望みを絶たれる。しかし後日、溝で拾った硬貨で買ったチョコレートバーの中から、最後の黄金の切符が偶然出てくる。折しもパラグアイの富豪の切符は偽造品であったことが判明しており、チャーリーが正真正銘の5人目の当選者として確定する。長年寝たきりだった祖父のジョーはこの知らせにベッドから飛び起き、チャーリーとともに歓喜のダンスを踊る。

歌3:「(I’ve Got A) Golden Ticket(黄金の切符(を手に入れた))」

歌い手:祖父のジョーとチャーリー。「我が家にも黄金の切符(幸運)がやってきた!」という歓喜を歌う一曲。

工場見学の始まりと契約書への署名

見学当日、チャーリーは祖父のジョーを保護者として伴い、他の4組の親子とともに工場の門をくぐる。杖をつき足を引きずるように現れたウォンカは、前転して立ち上がり、一同を安堵させる。

工場内に案内された一行は、まず壁一面を覆うほどの長大な契約書の前に立たされ、ウォンカは子供たち一人ひとりに署名を求める。文字は上部こそ大きいものの下へ行くにつれ小さくなり、末尾は虫眼鏡でも読み取れないほどの細かさになっている。内容は工場内で生じるいかなる事故についてもウォンカ側が一切の責任を負わないとする免責条項であり、保護者たちは中身を確かめないまま署名させることに難色を示す。しかしウォンカは「サインをしなければ中には入れない」と告げ、父親の躊躇をよそにヴェルーカが真っ先にペンを取ると、他の子供たちもこれに続いて署名する。

チョコレートの部屋

署名を終えた一行のツアーはチョコレートの川が流れる庭園から始まり、ウォンカはここで、想像力の無限の可能性を讃える次の一曲を歌う。

歌4:「Pure Imagination(無垢の想像力)」

歌い手:ウィリー・ウォンカ。牧歌的な庭園とチョコレートの川を前に、ここまでの緊張が一瞬解け、幻想的な高揚感に包まれる、本作を象徴する一曲。

以後、子供たちは各々の欠点に起因する事故によって次々と脱落していき、その都度ウンパルンパ族が登場して、当該の子供の悪徳を歌詞化した戒めの歌を披露する。いずれも共通の旋律(「Oompa Loompa Doompadee Doo」)に乗せた替え歌であり、教訓を明示的に言語化する役割を担う。

アウグストゥスの脱落

アウグストゥスはチョコレートの川に身を乗り出しすぎて転落し、吸引パイプに詰まってしまう。この時にウォンカが漏らす「このハラハラする感じがたまらない…このまま続いてほしいものだ(The suspense is terrible… I hope it’ll last)」は、ウォンカの意地の悪さとユーモアを象徴する台詞として特に有名である。やがてアウグストゥスはパイプに飲み込まれ、ファッジ(バターや砂糖、牛乳などを煮詰めて作る柔らかいキャンディー)の製造室へと運ばれる。動揺する母親のグループ夫人に対し、ウォンカは「Nil desperandum, my dear lady. Across the desert lies the promised land(ラテン語交じりの英語で「決して絶望するなかれ、奥様。砂漠の先には約束の地がある」の意)」と告げ、続けて「Goodbye, Mrs. Gloop. Adieu. Auf Wiedersehen. Gesundheit. Farewell.」と、英語・フランス語・ドイツ語の別れの言葉を次々に重ねる。このうち「Gesundheit」は本来くしゃみをした際に言う「お大事に」を意味するドイツ語で、おどけて紛れ込ませたものである。

歌5:「Oompa Loompa(アウグストゥスの歌)」

歌い手:ウンパルンパ族。大食漢のアウグストゥスの暴食ぶりを戒め、彼のような子供を放置すればどうなるか、という教訓を歌う一曲。

幻覚的トンネル

残った一行は、ウォンカが「Mesdames et messieurs, maintenant nous allons faire grand petit voyage par bateau. Voulez-vous entrer le Wonkatania?(紳士淑女の皆さま、これから小さな大航海に出ます。ウォンカターニア号にご乗船いただけますか?)」とフランス語で誘うボートに乗り込む。ボートは「幻覚的トンネル」を通り抜けて次の部屋へと向かい、この間ウォンカは不気味な詩を朗唱し、その口調は次第に激しく切迫したものへと変わっていく。これに合わせて、それまでの牧歌的な作風から一転し、サイケデリックな映像処理がなされる。

発明の部屋とヴァイオレットの脱落

トンネルを抜けた先で、ウォンカは「Meine Herrschaften, schenken Sie mir Ihre Aufmerksamkeit. Sie kommen jetzt in den interessantesten und gleichzeitig geheimsten Raum meiner Fabrik. Meine Damen und Herren: der Inventing Room(皆さま、どうかご注目ください。これから工場の中でもっとも興味深く、同時にもっとも秘密めいた部屋に入ります。紳士淑女の皆さま、発明の部屋です)」とドイツ語で発明の部屋を紹介する。

ソルト氏が樽に記された「バタースコッチ(Butterscotch)」「バタージン(Buttergin)」の表示に目を留め、「ちょっとした副業でもやっているのかね?」と尋ねると、 ウォンカは「キャンディは素敵だが、酒のほうが手っ取り早い(Candy is dandy, but liquor is quicker)」と、オグデン・ナッシュの警句を引用して切り返す。

この部屋で、全員が「永遠のゴブストッパー」(決して小さくならず、永久に食べ続けることができるとされるキャンディー)を受け取る。ウォンカが試験段階にあると警告した「3品のフルコース・ディナーガム」を無断で口にしたヴァイオレットは、体がブルーベリーのように膨れ上がり、その名の通り紫色(ヴァイオレット)に変色し、ジュース製造室へと運ばれていく。

歌6:「Oompa Loompa(ヴァイオレットの歌)」

歌い手:ウンパルンパ族。四六時中ガムを噛み続けるヴァイオレットの行儀の悪さを、牛が反芻する様子になぞらえて戒める一曲。

舐められる壁紙の廊下

発明の部屋を出た一行が「舐められる壁紙」の廊下を進む際、ウォンカは壁紙の「いちごの味はいちごの味」「スノズベリーの味はスノズベリーの味」と得意げに説明する。ヴェルーカが「スノズベリーなんて聞いたことがない」と口を挟むと、ウォンカは彼女の頬を両手でつかみ、その目を見据えながら「我らは音楽を作る者、そして夢を夢見る者(We are the music makers, and we are the dreamers of dreams)」と告げる。

フィジー・リフティング・ドリンクの部屋

一行の中でチャーリーと祖父のジョーだけがひと足遅れ、ウォンカが「決して手を触れないように」と釘を刺していた小部屋に迷い込む。そこには試作段階の炭酸飲料「フィジー・リフティング・ドリンク」があり、これを飲んだ二人の体は風船のようにふわふわと宙に浮かび上がってしまう。天井近くまで舞い上がり、巨大な換気扇に吸い込まれかけるが、げっぷをして体内のガスを抜くことでどうにか床へ降りる。

ゴールデン・グースの間とヴェルーカの脱落

ゴールデン・グースの間では、金の卵を産むガチョウに目をつけたヴェルーカが、父親に対して次々と要求を突きつける。良品と不良品を選別する「エッグディケーター(卵識別器)」という機械を目にしたソルト氏が「そんなのはナンセンスだ(It’s a lot of nonsense)」と言うと、ウォンカは歌うように「時折、少しばかりのナンセンスは、最も賢い人々にも喜ばれるものだ(A little nonsense now and then is relished by the wisest men)」と切り返す。ウォンカが口ずさむように発するこの一言は、彼の哲学を端的に表す台詞として広く知られている。

歌7:「I Want It Now(今すぐ欲しいの)」

歌い手:ヴェルーカ・ソルト。ガチョウをはじめ、目についたものを何でも今すぐ欲しがるヴェルーカの強欲さと特権意識を歌った一曲。この直後、彼女は自らガチョウを奪おうとして踏み台を踏み外し、「不良卵」を落とすシュートへと転落する。

歌8:「Oompa Loompa(ヴェルーカの歌)」

歌い手:ウンパルンパ族。子供が甘やかされて特権意識を持つに至る責任は子供自身にではなく、甘やかした両親にこそあると歌い、ヴェルーカの強欲さよりも、それを許した親の側に矛先を向ける一曲。

ウォンカモービル

ゴールデン・グースの間を後にした一行は、残るチャーリーとマイク、およびその保護者たちだけとなり、様々な炭酸飲料を燃料に走る乗り物「ウォンカモービル」に乗り込んで次の部屋へと移動する。この車は走行中、後部から大量の泡を噴き出す仕組みになっており、乗員たちはたちまち全身泡まみれになる。しかしその泡は、「ハサワカノ」(”Hsaw Aknow”、Wonka Washの逆さ読み)と呼ばれる瞬間乾燥装置によって一瞬で乾いてしまう。

テレビ実験室とマイクの脱落

テレビ実験室では、マイクがウォンカビジョンの装置に自ら飛び込み、身体を縮小されたままテレビ画面の中に転送されてしまう。

歌9:「Oompa Loompa(マイクの歌)」

歌い手:ウンパルンパ族。テレビに耽溺すると知能が鈍るとし、テレビを消して本を読むことを勧める一曲。

契約破棄の宣告と真実の判明

残るはチャーリーとジョーのみとなる。ツアーが終わると、ウォンカは二人を足早に追い払うようにして自室へ引き上げる。納得のいかないジョーはチャーリーとともにウォンカのもとを訪ね、約束されていた生涯分のチョコレートについて尋ねる。ウォンカは激怒し、契約書の第37B条を持ち出す。そこには、フィジー・リフティング・ドリンクを盗み飲みし、天井にぶつかって清掃・殺菌の手間をかけさせた者は一切の権利を失うと定められており、ウォンカは「お前たちは何も得られない! お前の負けだ! それではごきげんよう!」と一方的に言い放つ。

ジョーは「お前は詐欺師だ、ペテン師だ」とウォンカを激しく非難し、少年の希望を踏みにじったことへの怒りをぶちまける。そして、事前にウォンカのライバル業者スラッグワースから接触を受けていたことを明かし、意趣返しとして手元のゴブストッパーをスラッグワースに渡すよう、チャーリーに促す。しかしチャーリーはこれを押しとどめ、ポケットからゴブストッパーを取り出してウォンカのデスクへと静かに返す。

この行動を見たウォンカは表情を和らげ、「荒んだ世界にも、良い行いはこのように光り輝くものだ(So shines a good deed in a weary world)」とつぶやく。実はウォンカが見せた激怒と契約破棄の宣告、そしてスラッグワースなる人物の存在そのものが、子供たちの人格を最終的に見極めるための試験であり、スラッグワースと名乗っていたのはウォンカ自身が仕込んだ従業員(ミスター・ウィルキンソン)であったことが明かされる。ウォンカはチャーリーに工場全体を継承する意志があることを告げると、「時間はたっぷりあるのに、やることがほとんどない。いや、取り消せ。逆だ。(We have so much time and so little to do. Strike that. Reverse it.)」と、劇中で繰り返される彼一流の言い回しを口にし、ガラス張りの昇降機「ウォンカベーター」に2人を乗せる。

結末:ウォンカベーター

昇降機は工場の天井を突き破って空へと飛び出し、眼下に広がる町並みを一望しながら飛行する。ウォンカは、チャーリーが今後、家族とともにこの工場で暮らしながら事業を引き継いでいくことになると告げ、「でもチャーリー、ずっと欲しがっていたものを突然すべて手に入れた男がどうなったか、忘れてはいけないよ。…彼は末永く幸せに暮らしたんだ。(But Charlie, don’t forget what happened to the man who suddenly got everything he always wanted. … He lived happily ever after.)」と、温かい言葉で締めくくる。物語は、ウォンカベーターが町の上空を飛び去っていく場面で幕を閉じる。

エンドクレジットでは、劇中でウォンカが歌った「Pure Imagination」のオーケストラ・アレンジ版が流れる。