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徳南晴一郎『人間時計』(1962年)

概説

『人間時計』は、日本の漫画家、徳南晴一郎(とくなみ せいいちろう、1934–2009。30歳の時に姓の読みを「とくなん」から「とくなみ」に改名)による漫画である。1962年8月に曙出版から描き下ろしの貸本漫画として出版された。

東京・神田の時計店に暮らす中学生の少年が、自転車事故をきっかけに引きこもり、人間が時計になる怪奇現象に巻き込まれるシュールなホラー漫画である。

出版当時は人気を博することもなく絶版となったが、後年にその特異な表現形式(詳細は後述)によって奇書としての評判が高まった。長い間、古書が高額で取引される幻の作品だったが、後年の再評価を経て復刻に至った(詳細は後述)。

著者略歴

徳南晴一郎(1934年6月1日生-2009年12月24日没)は大阪市生まれ。幼少期にジフテリアに罹患し下垂体性機能不全小人症を発病、このため身長140cmで発育が停止した。

1953年に石森章太郎主宰の東日本漫画研究会に参加し同人活動を行った。大阪の高校を卒業後、1955年に大阪の東光堂から『影を斬る侍』と『あらしの剣豪』を貸本漫画として出版し、漫画家としてデビューした。

その後、主に曙出版を拠点として活動したが、貸本業界の衰退に伴い1963年に漫画家を廃業。その後は会社員として働き、日曜画家としても活動した。

長らく忘れられた漫画家だったが、1990年代後半に再評価が進み、太田出版から『人間時計』を含む主要な作品が復刊された。

1998年に自伝『孤客―哭壁者の自伝』を太田出版から刊行した。

作風の変遷

フリンジ・カルチャー研究家の宇田川岳夫が本作の復刻版(太田出版)に寄稿した解説文によると、徳南の漫画家としての活動期間は1955年から1963年までの8年間であり、作風の変化によって以下の四つの期間に分けられる。

  1. 第一期(1955〜59年):デビュー後に手塚治虫的な絵柄の時代劇物を発表し、曙出版を活動の拠点に定めるまでの時期。
  2. 第二期(1960〜61年):市川誠一名義で青春漫画の短編を発表した時期。この時期からとげとげしい画風と人間精神の暗部を覗き込むような作風が目立ち始める。
  3. 第三期(1962年7月〜9月):『化猫の月』『猫の喪服』『人間時計』などの一連の前衛的な作品を連発した時期。不条理な物語内容と表現主義的な形式が特徴である。
  4. 第四期(1962年10月〜63年):戦国武将物(『豊臣秀吉』『徳川家康』『織田信長』『伊達政宗』)を描くが人気を博することなく、漫画家を引退して帰郷することを決意するまでの時期。

復刻

  • 1979年に駒絵工房より『人間時計』の限定450部の復刻版が出版された。
  • 1996年に太田出版より『怪談人間時計』というタイトルで復刻版が出版された。1962年7月に曙出版から刊行された徳南のもう一つの作品『猫の喪服』を併録している。2017年に電子書籍化された。

英語版

2026年10月にアメリカ合衆国の出版社、Living the Lineから本書の英語版が『Human Clock』というタイトルで刊行予定である。著者の姓は改名後の「Tokunami」表記になっている。キュレーションと翻訳はライアン・ホームバーグが担当した。『猫の喪服』の英語版『The Cat’s Mourning Clothes』も収録されている。

解説

先駆性

日本における超現実主義的な不条理漫画というジャンルは、1960年代後半につげ義春が月刊漫画雑誌『ガロ』誌上で発表した諸短編――特に『沼』(1966年)や『ねじ式』(1968年)など――によって開拓されたとするのが通説である。しかし徳南の第三期の作品はそれらに数年先駆けて発表され、後年になってから再発見された稀有な例である。特に本作『人間時計』は、人間が時計になるという不条理な世界観を超現実的な筆致で描き出しており、つげ以前の漫画としては他に類例を見ない、当時としては前衛的な作品として再評価されている。

「読むドラッグ」

本作が太田出版から復刻された際には、帯に「これは“読むドラッグ”である。」という宣伝コピーが書かれていたが、本作はまさに薬物によって引き起こされる幻覚のような体験を読者にもたらす。

表現形式の異様さ──表現主義的な画風と時間の不連続性

『人間時計』の特徴は、「怪談」として語られる物語内容の怖さではなく、その表現形式の異様さである。

本作の表現形式の異様さは、表現主義の影響を感じさせる独特の画風と、ずたずたに寸断されたような不連続な時間の感覚によるものである。

表現主義的な画風

本作の絵は、表現主義の絵画のように、人体や事物、風景などが意図的にゆがんだ形態で描かれている。人物の造形や性格が常に揺れ動いており、コマとコマの間で各人物の同一性が維持されていない。

時間の不連続性

通常の漫画では、コマは時間の経過に沿って物語を進める単位として機能し、コマ間の空白(ガター)を読者が補完することで連続性が生まれる。しかし本作では、一つ一つのコマが心象風景を描いた表現主義的な絵画のような性格を帯びているため、コマ同士の時間的な繋がりが希薄になり、読者はコマ割りによって作中の時間の流れが寸断され、断続的に点滅しているような印象を受ける。

この時間の不連続性については、美術評論家の椹木野衣が復刻版(太田出版)に寄稿した解説文で詳細に論じている。椹木は、複数の不連続なコマから成るという漫画に特有の形式との関係で徳南の作品を分析し、その魅力の秘密は「現れては消え、消えては現れる点滅する世界像」と「そこから生み出される特異な時間感覚」にある、と述べている。

ラ・メトリーの人間機械論への参照

人間が時計になるという本作の発想は、機械論的唯物論の提唱者として知られる啓蒙期フランスの医師・哲学者、ジュリアン・オフレ・ド・ラ・メトリーの「人間機械論」が着想源になっていると思われる。

本作の冒頭に、ラ・メトリーの『人間機械論』(1747年)への参照に基づく以下のエピグラフが掲げられている。

肉体はすなわち時計であり
新しい乳母は時計師である
人間は機械にすぎないのさ!
ラ・メトリー

1~2行目は、ラ・メトリーの同書の「身体はただの時計であり、新たな乳糜(にゅうび)こそがその時計師である。(Le corps n’est qu’une horloge, dont le nouveau chyle est l’horloger.)」という一文の引用である。ただし、「乳糜(カイール)」が誤って「乳母」とされている。

3行目は、ラ・メトリーが同書で繰り返し述べている「人間は機械である」という核心的な主張を基にしている。

クリフォード・D・シマック『前哨戦』(1950年)への参照

作中で主人公が両親に、機械が人間に対して反乱を起こすという話をSF雑誌で読んだことがあると話す場面がある。主人公はそれを「クリフォード・B・シマッタの論文」と言っているが、ここで参照されているのはアメリカのSF作家、クリフォード・D・シマックの短編小説『前哨戦(Skirmish)』(1950年、原題: Bathe Your Bearings in Blood!)である。この短編の日本語訳は雑誌『S-Fマガジン』の1962年8月号に掲載された。徳南はこの日本語訳を参照したと思われる。

検索リンク

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あらすじ(ネタバレあり)

冒頭に前述のラ・メトリー『人間機械論』の参照に基づくエピグラフがある。

見開きのタイトルページには、タイトル「人間時計」に「怪談」という冠副題が付されている。

中学生の少年、声タダシ(こえ ただし)は、東京・神田で時計店を営む両親の一人息子である。

タダシは下校の途中で自転車と衝突した時に周囲に集まってきた見物人の集団(野次馬)に対して強い恐怖を抱いて人間嫌いになり、以後学校に行かなくなる。事情を知った母親は、タダシのために家庭教師を雇うことにする。

タダシの友達は時計だけだった。タダシは一日に2回、12時に動くからくり人形付きの時計たちのダンスを楽しみにしていた。

ある日、時計店の時計がすべて壊れ、ネジを巻いても動かなくなる。時計店で働いていた女性、オデ子(おでこ)はこの異変に恐怖を抱き、「時計が人間のために働くのをやめた」と言って退職する。

タダシは、機械が人間に対して反乱を起こすという話(SF雑誌に載っていた、クリフォード・B・シマッタの論文)を以前に読んだことを思い出し、両親にその内容を話して聞かせる。

無階(むかい)という名の大学生がタダシの家庭教師として働き始めるが、無階のタダシに対する暴力行為(勉強の始めと終わりにほっぺたをつねる)を知った両親は無階を解雇する。

口ひげを生やした、円形の懐中時計のような顔の男(柱時計の化身)が新しい家庭教師としてタダシに勉強を教え始める。

タダシの両親が旅行中に、家庭教師は両親に頼まれたと言って毎日タダシに長時間の勉強を強要する。

両親が旅行から帰ってくる。母親は頭から時計の長針と短針が生える奇病にかかっている。

タダシが家庭教師にもらった腕時計を着けるたびにタダシは気を失い、夢のような別世界、「時計人間の国」に迷い込むようになる。

2年後。タダシは高校受験に合格し、一家は母親の保養のために東京を引き払い、地方に引っ越す。

両親は新居での引っ越し祝いの食事の席に家庭教師を招く。タダシは家庭教師が時計人間であることに気づいていた。タダシ自身の身体も一年も前からすでに時計と化しており、内臓は歯車とバネに置き換えられていた。

硬いものをかじる習性があるネズミの大群がタダシと家庭教師に襲いかかる。ネズミにかじられた二人は古い柱時計の残骸と化す。