概説
『BGM』は、日本の電子音楽バンド、イエロー・マジック・オーケストラ(Yellow Magic Orchestra、以下YMO)による5作目(ミニ・アルバム『増殖』を除くと4作目)のアルバムである。1981年3月21日にアルファレコードから発売された。タイトルは「バックグラウンド・ミュージック(background music)」の略であるが、リズムの複雑化、音色のノイズ化、旋律と和声の曖昧化を特徴とする実験的な作品である。

オリコンチャートでは最高位2位を記録し、累計売上は約27.5万枚、1981年度年間28位となった。
1981年11月にはもう一つの実験的なアルバム『テクノデリック』がリリースされ、この年の2作がYMO中期の頂点を成している。
制作の背景
YMOは1978年のデビュー以降、「ライディーン」に代表されるようなディスコビートを基調としたキャッチーなシンセポップによって商業的成功を収めた。しかし、1980年のミニ・アルバム『増殖 – ×∞Multiplies』を経て制作された本作では、より内省的で知性的な音楽へと方向転換した。この転換はメンバーによって「ファンの切り捨て」とも呼ばれ、商業的成功よりも音楽的嗜好の追求が優先されたことを示している。
背景として、同じ曲をライブで繰り返し演奏することへの倦怠が、より複雑な曲作りへの関心を促したとも言われる。
本作は坂本龍一のソロアルバム『B-2ユニット』(1980年)と加藤和彦のソロアルバム『うたかたのオペラ』(1980年)の2枚のアルバムから主なインスピレーションを得て制作された。
坂本の『B-2ユニット』はダブの手法を全面的に取り入れた実験的なアルバムであり、本作に直接的な影響を与えている。細野晴臣はこのアルバムに収録されている、ワン・コードのみでループを展開する曲「ライオット・イン・ラゴス」を気に入り、YMOの1980年秋の第2回ワールド・ツアーでセットリストの1曲目として選曲したと伝えられている。
細野晴臣と高橋幸宏が参加した加藤の『うたかたのオペラ』は1920年代のベルリンを題材にしたアルバムであり、そのヨーロッパ的なロマンティシズムは本作にも影響を及ぼしている。
録音は1981年1月15日から2月20日にかけてSTUDIO “A”で行われ、3月21日の発売に間に合わせる日程で進められた。歌詞は印刷に間に合わず、写真集『OMIYAGE』で初めて公表された。
制作手法
本作の制作では、シンセサイザーにプロフィット5、リズム・ボックスにTR-808という、あえて簡素な機材が用いられた。これらをスタジオでアンプから鳴らしてマイクで収音し、ティアックの8チャンネル・レコーダーで録音したうえで、3MのデジタルマルチトラックレコーダーDMSでダビングしている。信号を一度アナログ領域に通すこの手法は、シンセサイザー上で音色を作り込むのではなく、スタジオ内で機材を用いて音を加工するという方向性を示している(後に「テープコンプ」と呼ばれる手法の先駆例)。ただし坂本は後年のインタビューで、当時のイギリスのベッドルーム・レコーディングの模倣のようなこの手法には乗り気ではなかったと語っている。
シークエンサーは、それまでのMC-8からMC-4に変更された。その他、ミニモーグ、アープ・オデッセイ、ローランド・ジュピター8なども使用された。生楽器はほとんど使われていない。
ドラムにはゲート・リヴァーブが多用されている。これはXTCのアルバム『ブラック・シー(Black Sea)』(1980年)によって広く知られるようになった、当時最先端の音響効果である。
高橋のドラムは、イシバシ楽器に特注したノイズ発振器をスネアのリムに取り付け、ノイジーな音色を生み出している。
TR-808のドライな質感とエフェクティブな空間処理がアルバム全体の印象を特徴づけている。
演奏時間は10曲中8曲が約4分30秒、2曲が約5分20秒とほぼ統一されている。
歌詞はメンバー自身が書き、ピーター・バラカンが英訳・発音指導を担当した。
評価
発売当時、『BGM』は前作までのポップでキャッチーなイメージを期待した一般リスナーからは難解と受け止められ、セールス面では『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』には及ばなかった。しかし後年の再評価ではYMOの実験性が最も深く発揮された作品の一つとして高く評価されており、後のアンビエント・テクノやミニマル・テクノの先駆的作品として位置づけられることが多い。
アメリカの音楽メディア、Pitchforkに2021年3月に掲載されたレビューでは、ミュージシャン・音楽ライターのノア・ヨー(Noah Yoo)が本作を「技術的に極めて高度で、極めて高額な制作費を投じた1981年のアルバムであり、その後40年にわたる電子音楽制作に大きな影を落としている作品(technically masterful, tremendously expensive 1981 album, a record that looms over 40 years’ worth of electronic production)」と評した。ヨーは本作が「電子音楽の未来を驚くほど先取りした兆候(a startlingly prescient glimpse into electronic music’s future)」を示したと述べ、「ラップ現象」のグルーヴや「ハッピー・エンド」のアンビエント的アプローチ、「ユーティー」や「カムフラージュ」のドラム・プログラミングが後のIDMやアンビエント・テクノ、ヒップホップなどに影響を与えた点を指摘している。
楽曲解説
- BALLET/バレエ(作詞:高橋幸宏、ピーター・バラカン/作曲:高橋幸宏)
暗い雰囲気の中に甘さとロマンティシズムを湛えた曲。歌詞はアール・デコ期の画家タマラ・ド・レンピッカを題材に、高橋が霧の中のワルシャワの雰囲気を表現したもの。SE的な音色は細野が機関車をイメージして作成している。フランス語のヴォイスは布井智子。
- MUSIC PLANS/音楽の計画(作詞:坂本龍一、ピーター・バラカン/作曲:坂本龍一)
坂本が本作で唯一書き下ろした新曲で、ヴォーカルも坂本が担当。歌詞には音楽制作への皮肉や反骨が込められている。一箇所「パチッ」というノイズが聞こえるが、これはデジタルレコーダーのデータエラーに起因するジッターノイズである。
- RAP PHENOMENA/ラップ現象(作詞:細野晴臣、ピーター・バラカン/作曲:細野晴臣)
心霊現象の「ラップ」と当時注目され始めていたヒップホップの「ラップ」をかけており、細野が「ラップ現象」についてラップ風に語りつづけるという曲。当時ヒップホップはまだ一般的ではなく、日本のアーティストとしては最初期のラップ曲の一つとされる。
- HAPPY END/ハッピー・エンド(作曲:坂本龍一)
坂本のソロ・シングル『フロント・ライン』(1981年)のB面曲をダブ的に再構築したもの。1981年のウインターライブでは原曲に近いアレンジで演奏された。2005年の坂本のアルバム『/05』にはピアノ四重奏版が収録されている。
- 1000 KNIVES/千のナイフ(作曲:坂本龍一)
坂本のソロ・アルバム『千のナイフ』(1978年)の収録曲の再録音(セルフカバー)。YMOのコンサートでも頻繁に演奏されていた曲だが、本作ではより実験的なアレンジとなっている。中間部ではピッチベンドを駆使したシンセサイザー・ソロがディストーション・ギターを思わせる攻撃的な音色で展開される。坂本はこのソロについて、エイドリアン・ブリュー(Adrian Belew)が参加したトーキング・ヘッズ(Talking Heads)のアルバム『リメイン・イン・ライト(Remain in Light)』(1980年)から影響を受けたと述べている。
- CUE/キュー(作詞:高橋幸宏、細野晴臣、ピーター・バラカン/作曲:高橋幸宏、細野晴臣)
のちにシングルカットされた代表曲の一つ。同時期のウルトラヴォックス(Ultravox)、特にシングル「Vienna」(1981年)のB面曲「Passionate Reply」からの影響が見られ、リズム・パートや音色の類似が指摘される。坂本はこの曲を「ウルトラヴォックスの真似」と感じ、レコーディングへの関与を控えたとされる。キャッチーなメロディと高橋のヴォーカルが印象的で、アルバム中でもポップ寄りの一曲。
- U・T/ユーティー(作曲:YMO)
タイトルは「Ultra-Terrestrial」(超地球的存在)の略。デジタル・ディレイによって作られた、16ビートの「カタカタ」という早打ちのドラムが特徴のインストゥルメンタル。シングル「キュー」のB面にも収録。リバーブをかけたミニマルなドラム・ループが続き、アンビエントなメロディが乗る。中間部ではメンバーが加工ヴォイスで「ユーティー」について話している。ライブでも演奏され、アルバムのハイライトの一つとされる。
- CAMOUFLAGE/カムフラージュ(作詞:高橋幸宏、ピーター・バラカン/作曲:高橋幸宏)
シングル「マス」のB面にも収録。高橋作曲のダークで緊張感のある曲で、微分音(特に31等分平均律)の使用により、通常の12平均律では得られない不安定で異質な響きを生み出している。後半では激しくエフェクト処理された高橋のヴォイスが登場する。
- MASS/マス(作詞:細野晴臣、ピーター・バラカン/作曲:細野晴臣)
のちにシングルカットされた。タイトルは「大衆」と「ミサ(宗教儀式)」の二重の意味を兼ねている。厳粛な儀式のような雰囲気を醸し出しており、細野らしい精神性や神秘的な要素が強く感じられる。ピーター・バラカンが詞を英語とロシア語の二か国語で朗読している。
- LOOM/来たるべきもの(作曲:YMO、松武秀樹)
無限音階(シェパード・トーンに近い聴覚錯覚)を前面に押し出したアンビエント的な曲。上昇音と下降音が同時に響き、延々と上昇して聞こえるように構成されている(松武秀樹がE-muを用いて制作)。アルバムを締めくくる実験的な一曲で、THXの「Deep Note」(映画館でTHXのロゴとともに流れる、密集した低音のクラスターが徐々に散開して和音を形成する電子効果音)に先駆けるような印象もある。
収録曲
合計47:03。収録時間の表記は2019年5月29日発売のSACDハイブリッド盤(MHCL-10112)の記載に準拠。
Side One
- BALLET/バレエ – 4:34
- MUSIC PLANS/音楽の計画 – 4:33
- RAP PHENOMENA/ラップ現象 – 4:32
- HAPPY END/ハッピー・エンド – 4:32
- 1000 KNIVES/千のナイフ – 5:22
Side Two
- CUE/キュー – 4:32
- U・T/ユーティー – 4:33
- CAMOUFLAGE/カムフラージュ – 4:34
- MASS/マス – 4:31
- LOOM/来たるべきもの – 5:20
人員
Yellow Magic Orchestra
- 細野晴臣 – ベース、シンセベース、キーボード、プロデュース、ミックス
- 高橋幸宏 – ドラム、ヴォーカル、キーボード
- 坂本龍一 – キーボード、ヴォコーダー、ヴォーカル
ゲスト/サポート
- 松武秀樹 – シンセサイザー・プログラミング/コンピューター・プログラミング
- ピーター・バラカン – 作詞(英訳)、発音指導(「マス」ではスポークン・ワードも担当)
- 布井智子 – フランス語ナレーション(「バレエ」、クレジットなし)
テクニカル・スタッフ
- 小池光夫 – レコーディング・エンジニア、ミックス・エンジニア
- 飯尾芳史 – レコーディング・エンジニア
- YMO – ミックス
- 藤井丈司、永田ドン(永田純)、宮寺トモキ – エキプメント・コーディネーション
その他
- プロデューサー:細野晴臣
- エグゼクティブ・プロデューサー:川添象郎、村井邦彦
- A&Rコーディネーター:小尾一介
- アートディレクション/ジャケットデザイン:奥村靫正
- 写真撮影:三浦憲治
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