概説
『イタリア旅行』(原題:Viaggio in Italia)は、ロベルト・ロッセリーニ監督による1954年のイタリア・フランス合作映画である。亡き叔父の遺産であるナポリ近郊の別荘を売却するため、車でイギリスから旅してきた倦怠期の英国人夫婦がナポリとその周辺で過ごす数日間を通して、夫婦関係の危機と、説明を拒むような和解の兆しを描いている。

主演のイングリッド・バーグマンはロッセリーニの当時の妻であり、『ストロンボリ、神の土地』(1950年)、『ヨーロッパ一九五一年』(1952年)に続く協働作品である。興行的・批評的には不振に終わったが、のちにフランスの批評誌『カイエ・デュ・シネマ』周辺の批評家たちによって再評価され、現代映画(モダン・シネマ)の先駆として位置づけられるに至った。
予告編
作品データ
- 製作:スヴェヴァ・フィルム(Sveva Film)、ジュニア・フィルム(Junior Film)、イタリア・フィルム(Italia Film)、レ・フィルム・アリアーヌ(Les Films Ariane)、フランシネクス(Francinex)、ソシエテ・ジェネラル・ド・シネマトグラフィ(Société Générale de Cinématographie)ほか。プロデューサー:アドルフォ・フォッサタロ、アルフレード・グアリーニ、ロベルト・ロッセリーニ
- 監督:ロベルト・ロッセリーニ
- 脚本:ロベルト・ロッセリーニ、ヴィタリアーノ・ブランカーティ(アントニオ・ピエトランジェリは非クレジットの協力。原作はコレットの小説『デュオ』(1934年)に着想を得たが、権利取得ができず大幅に改変されたオリジナル脚本)
- 撮影:エンツォ・セラフィン
- 編集:ヨランダ・ベネヴェンティ
- 音楽:レンツォ・ロッセリーニ
- 主要キャスト:イングリッド・バーグマン(キャサリン・ジョイス)、ジョージ・サンダース(アレクサンダー〈アレックス〉・ジョイス)、マリア・モーバン(マリー)、ポール・ミュラー(ポール・デュポン)、アンナ・プロクレーメル(娼婦)、レスリー・ダニエルズ(トニー・バートン)、ナタリア・レイ(ナタリア・バートン)、ジャッキー・フロスト(ジュディ)ほか
- 言語:英語(撮影時。イタリア公開版はイタリア語吹替)
- フォーマット:35mmモノクロ、アカデミー比1.37:1
- 配給:イタリアはティタヌス(Titanus)。日本は1988年12月9日、大映配給
- 上映時間:版により異なる。イタリア版約85分、英語国際版約97分前後、米国公開版(Strangers)約80分、英国版(The Lonely Woman)約70分など
プロットの概要
結婚して8年になる英国人夫婦のアレクサンダーとキャサリンは、叔父ホーマーの遺産の別荘を売却するため、車でナポリへ向かう。道中から二人の会話は噛み合わず、互いの感情の隔たりが露わになる。
ナポリに着いた二人は、別々に行動する時間が増える。アレクサンダーは他の女性との交際に気を紛らわせ、キャサリンは博物館や火山地帯などを一人で巡るなかで、かつて自分に想いを寄せて早世した詩人の青年の記憶に引き戻されていく。
別荘の売却を済ませた二人は、離婚を口にするまでに関係をこじらせる。だが帰路の途上、ポンペイ遺跡での発掘に立ち会い、さらにナポリ近郊の町(マイオリ)で聖母の行列の群衆に飲み込まれたことをきっかけに、二人は互いへの感情を再確認する。
解説
制作の経緯・背景
本作は、ロッセリーニとバーグマンが結婚した1950年以降の協働作品群の一つに数えられる。この一連の作品では、バーグマンの演じる異邦の女性が、見知らぬ土地の風土と宗教的な環境に直面して内面を揺さぶられるという構図が反復されている。『ストロンボリ、神の土地』ではシチリア沖の火山島、『ヨーロッパ一九五一年』ではローマの社会的現実、そして本作ではナポリという都市がその舞台となった。
コレットの小説『デュオ』の映画化の構想が企画の発端となった。しかし権利の取得ができず、アントニオ・ピエトランジェリの未使用脚本「New Vine」などの要素を取り入れつつ、ほぼオリジナルの企画として撮影に至った。
撮影は1953年2月から4月にかけて行われ、事前に固まった脚本に頼らず、ロッセリーニがその日の撮影内容を直前に書き記し、あるいは口頭で指示する即興的な方法で進められた。ジョージ・サンダースはこの撮影方法に戸惑い、不満を抱いたことが、自身の回想録『Memoirs of a Professional Cad』(1960年)やバーグマンらの証言で語られている。完成後、配給先を見つけるまでに約18か月を要した。
特徴
本作の最大の特徴は、劇的な事件の連鎖によって物語を駆動させるのではなく、「何も起こらないこと」を主題にしている点にある。夫婦の関係は決定的な事件によって破綻するのではなく、日常の会話の齟齬と沈黙の蓄積によって露呈する。そして終盤の和解もまた、心理的な説明を欠いたまま、ほとんど唐突に訪れる。この省略的な語りは、同時代の古典的なハリウッド映画の因果的な物語構成とは明確に異なっている。
もう一つの特徴は、登場人物の内面が、風景と事物の観察を通じて間接的に示される点である。ナポリの街路、博物館の古代彫刻、火山の噴気、ポンペイの遺骸、そして宗教的な行列といった対象は、人物の心理の象徴として機能すると同時に、それ自体として即物的に映し出される。
ロケーション
本作はナポリとその周辺で撮影された。劇中に登場する主な場所は、ナポリ国立考古学博物館、ポッツォーリのソルファターラ、クーマエ(クーマ)のシビュラの洞窟、カプリ島、ポンペイ遺跡、そして終盤の聖母の行列が行われるマイオリなどである。実際のロケーションと劇中設定はおおむね一致しており、ポンペイの発掘場面は本物の作業を取り入れている。
演出手法
ロッセリーニは、俳優の演技と空間の関係をカメラの移動とパンによって連続的に捉える。特に、車中の場面や、キャサリンが一人で遺跡や博物館を歩く場面では、長回しに近い持続のなかで人物と環境が結びつけられ、視線の移動そのものが意味を担う。
ポンペイの場面では、発掘中の遺跡で、火山灰に埋もれて死んだ男女の遺体の空洞に石膏を流し込んで型を取る過程が、夫婦の目の前で展開される。死の瞬間に寄り添った二人の姿は、冷え切った二人の関係と対照をなす。この場面が、キャサリンの感情を決定的に揺さぶる契機として機能している。
テーマ分析
本作の主題は、愛の喪失と回復であると同時に、近代的な個人の孤立と、それを取り巻く古代的・宗教的・自然的な時間との対峙でもある。英国人夫婦の洗練された、しかし空虚な会話は、ナポリの人々の生の力強さ、古代遺跡が突きつける死の現実、そして民衆の信仰が生み出す集団的な高揚と対比される。
また、終盤の聖母の行列と、群衆のなかでの偶然の再会は、「奇跡」の主題を世俗的な水準で反復する。この結末に対しては、夫婦の和解が必然性を欠くという批判もあれば、まさにその説明不能性こそが、人間関係における理性を超えた回復の可能性を示しているとする評価もある。
ロッセリーニの作品群のなかでは、ネオレアリズモの時代の社会的現実の記録から、個人の内面的・精神的な危機へと関心が移行した時期の代表作として論じられることが多い。
公開
本作は1954年9月7日(ミラノ・プレミア)、翌8日にイタリアで一般公開された。米国では1955年に大幅に短縮された版が『Strangers』の題名で限定公開され、英国では1958年に『The Lonely Woman』として約70分版が公開された。フランスでは『L’Amour est le plus fort』などの題名で上映された。
評価
公開当時の評価は芳しくなく、興行的にも批評的にも不振であった。イタリアではネオレアリズモの規範から外れた「何も起きない」物語として批判されることが多かった。
状況が変わったのは1950年代半ば以降である。『カイエ・デュ・シネマ』誌の批評家たち、とりわけジャック・リヴェット、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーらが本作を高く評価した。リヴェットの「ロッセリーニへの手紙」(1955年)では、「もし現代映画というものがあるなら、それはこれだ」「『イタリア旅行』の出現によって、すべての映画が突然10年古くなってしまった」と記され、ゴダールは後に「『イタリア旅行』を見たとき、たとえ自分が映画を作らなくても、作ることができるとわかった」と回想している(この言葉は、映画が特別な手段を必要としないことを悟った解放感を示すものとして知られる)。
その後も、本作はヌーヴェルヴァーグ以降の世代の映画作家たちに大きな影響を与えた。マーティン・スコセッシのドキュメンタリー『私のイタリア映画旅行』(1999年)でもロッセリーニ作品が取り上げられ、スコセッシは本作を「最初の現代映画」と位置づけている。
批評家投票では、『Sight & Sound』誌の2012年のオールタイム・ベストで41位、2022年に72位タイとなった。Rotten Tomatoesでは批評家スコア96%(平均8.6/10)、Metacriticでは100点を記録している。
歴史的な位置づけ
本作は、ネオレアリズモからその後のモダン・シネマへの橋渡しとなる作品として位置づけられる。物語の因果性よりも、時間の持続、人物と空間の関係、そして曖昧さと断片性を重視するその姿勢は、ミケランジェロ・アントニオーニ、ゴダールらの作品に連なる系譜の起点の一つとして、しばしば参照される。
ホームメディア
2012年にチネチッタ・ルーチェ、ボローニャ映画資料館、CSC国立映画資料館などによる共同修復が行われ、オリジナル・ネガを基にした4Kデジタル・レストア版が完成した。Criterion Collectionは2013年にバーグマン=ロッセリーニ三部作をボックス(Blu-ray/DVD)として発売し、英語版を中心に充実した特典を収録している。
日本ではIVCなどからDVD・Blu-rayが発売されている。
2026年のヴェネツィア映画祭クラシックス部門で新たな4Kレストア版が上映された。
検索リンク
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あらすじ(ネタバレあり)
ナポリへの道中
英国人夫婦のアレクサンダー(アレックス)とキャサリン・ジョイスは、キャサリンの亡き叔父ホーマーが遺したナポリ近郊の別荘を売却するため、車でイタリアへ向かう。結婚して8年になる二人の会話は、道中から噛み合わない。キャサリンはイタリアが初めてで、景色にも好奇心を示すが、アレクサンダーは皮肉めいた応答を返すばかりである。
キャサリンは、かつてホーマー叔父の別荘に滞在していた若い詩人の話を持ち出す。彼女に想いを寄せていたその青年は、若くして病に倒れた。アレクサンダーはその話題に露骨な嫉妬と苛立ちを示す。
別荘と別行動
ナポリに到着した二人は、別荘の整理と売却の手続きに取りかかる。ナポリでの生活のなかで、二人は別々に過ごす時間が増える。アレクサンダーは、夫婦の友人たちとの付き合いや、現地の女性との交際で気を紛らわせようとし、キャサリンは取り残されたように一人で街を巡る。
キャサリンの観光
キャサリンはナポリ国立考古学博物館で古代の彫刻を鑑賞し、ポッツォーリのソルファターラで噴気を上げる火山地帯を訪れ、クーマエのシビュラの洞窟を見学する。さらに、街中で出会う民衆の生活、すなわち婚礼や葬列、妊婦や子供たちなどの姿が、キャサリンの内面にさまざまな感情を呼び起こす。ときに彼女は、亡き詩人の記憶に、涙をこらえながら向き合うこともある。
カプリ島とアレクサンダーの日々
一方、アレクサンダーは、友人とともにカプリ島に出かけるなどして、妻と距離を置いたまま過ごす。二人の間には、互いを責める言葉と、ときに侮蔑的な皮肉が飛び交うようになり、関係の亀裂は決定的になる。
離婚の決意
ついに二人は、別荘を売却し、帰国したのち離婚する方向で話をまとめる。それは激しい口論の末ではなく、疲れ果てたような静かな合意として示される。
ポンペイと和解
帰国を前に、二人はポンペイ遺跡を訪れる。そこでは発掘作業が行われており、火山灰のなかに残された空洞に石膏を流し込む作業を通して、かつて灰に埋もれて死んだ男女の遺体の型が取り出される。寄り添うように抱き合ったまま死を迎えた男女の姿を目の当たりにして、キャサリンは激しく動揺する。
その後、車でナポリへ戻る道中、二人はマイオリでの聖母の行列に出くわし、群衆の波に巻き込まれて離ればなれになる。人々の熱狂的な祈りと、奇跡を求める声が渦巻くなかで、キャサリンは夫の名を呼び、アレクサンダーも妻を探し当てる。キャサリンは、離婚を受け入れたふりをしながらも、実は怖かったのだと泣きながら告白し、アレクサンダーは彼女への愛を認める。二人は群衆のなかで抱き合い、物語は、その後の二人の行方を示さぬまま終わる。
