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ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!』(1936年)

概説

『アブサロム、アブサロム!』(原題:Absalom, Absalom!)は、アメリカの作家ウィリアム・フォークナーが1936年に発表した長篇小説である。ミシシッピ州ヨクナパトーファ郡(架空の土地)を舞台に、貧しい出自から一大プランテーションを築こうとしたトマス・サトペンとその一族の興亡を、複数の語り手による重層的な回想と推測を通じて描き出す。南北戦争前後の南部社会、人種・階級・家父長制、記憶と歴史の不確実性を主題とし、フォークナーのヨクナパトーファ・サーガにおける中核的作品の一つとされる。

本作は単一の直線的なプロットを拒否する。事件は時系列を前後しながら断片的に提示され、語り手ごとの解釈のずれや推測が物語そのものを構成する。読者はサトペン家の「真実」を確定的に把握するのではなく、語りの過程そのものに参加することを強いられる。実験的な長文、意識の流れ、重層的な視点といったモダニズム的手法が、南部ゴシック的な暴力と宿命の物語と結びついている。発表当初は難解さから評価が分かれたが、後にフォークナーの最高傑作の一つ、さらには20世紀アメリカ文学の頂点の一つとみなされるようになった。

プロットの概要

1909年、ミシシッピ州ジェファーソンの老嬢ローザ・コールドフィールドは、ハーバード大学への進学を控えた青年クエンティン・コンプソンを呼び、トマス・サトペンについての長い語りを聞かせる。サトペンは1833年に突然町に現れ、約100平方マイルの土地を得て「サトペンの百」と呼ばれるプランテーションを築き、ローザの姉エレンと結婚してヘンリーとジュディスの二子をもうけた。ヘンリーが大学で知り合ったチャールズ・ボンとジュディスの婚約が、ヘンリーによるボンの射殺で終わる。南北戦争、サトペンの帰還と転落、ローザ自身の屈辱的な経験が語られる。

クエンティンは父ジェイソン・コンプソンからさらに話を聞き、ハーバードの部屋でカナダ人のルームメイト、シュリーヴとともに物語を再構築する。サトペンのハイチでの最初の結婚と、混血の息子ボンの存在、ヘンリーがボンを殺した動機、サトペンの「設計(design)」とその破綻が、推測と記憶の重ね合わせによって浮かび上がる。語りは最終的に、廃墟と化したサトペンの屋敷に潜むヘンリーの発見と、火事による終焉へと至る。

著者略歴

ウィリアム・カスバート・フォークナー(William Cuthbert Faulkner, 1897年9月25日–1962年7月6日)は、ミシシッピ州ニューアルバニーに生まれ、オックスフォードで育った。曾祖父が南北戦争期の軍人・鉄道事業家・作家であった家柄に属し、南部の敗戦と没落の記憶を身近に知って育った。高校を中退し、カナダで英国空軍(Royal Air Force)に入隊(戦争終結で実戦には参加せず)、ミシシッピ大学に短期間在籍した後、執筆活動に入った。

1920年代にニューオーリンズでシャーウッド・アンダーソンらと交わり、1926年に『兵士の報酬』でデビュー。1929年の『響きと怒り』以降、ヨクナパトーファ郡を舞台とする一連の作品を発表し、実験的な語りと南部の歴史・心理の探求を深めた。『死の床に横たわりて』(1930年)、『サンクチュアリ』(1931年)、『八月の光』(1932年)を経て、1936年に『アブサロム、アブサロム!』を刊行した。1949年にノーベル文学賞を受賞。ピューリッツァー賞を二度受賞し、1962年にミシシッピ州バイハリアで死去した。

ヨクナパトーファについて

ヨクナパトーファ郡は、フォークナーが創造した架空のミシシッピ州の郡である。実際のラファイエット郡とオックスフォードをモデルとし、面積約2400平方マイル、人口約1万5000人と設定されている。『アブサロム、アブサロム!』は、この世界の地図と年表を付した最初の作品である。フォークナーは自らを「sole owner and proprietor(唯一の所有者にして地主)」と記し、コンプソン家、サトリス家、サトペン家、スノープス家など複数の家系の物語を横断的に展開した。

ヨクナパトーファは単なる舞台ではなく、南部の歴史・神話・記憶が堆積する空間として機能する。『響きと怒り』のクエンティン・コンプソンが本作でも語り手として再登場するなど、作品間の連関が強い。サトペンの「設計」とその破綻は、南部全体の運命の寓話として読まれることが多い。

執筆の背景

フォークナーは1934年頃から本作の構想に取り組み、途中で『標識塔(パイロン)』(1935年)を挟みつつ、1935–1936年に完成させた。執筆期は個人的な苦境(弟ディーンの飛行機事故死、金銭的困窮、飲酒)と重なり、感情的な強度が高い。1930年代半ばは、フォークナーがモダニズム的手法を最も推し進めた時期にあたり、『響きと怒り』や『八月の光』で確立した多視点・時間の解体を、歴史叙述そのものへと拡張した。

南北戦争から約70年後の視点から、奴隷制と人種秩序を基盤とした南部の「設計」を問い直す作品である。フォークナー自身は、南部の呪いは奴隷制であり、サトペンの欠陥は自らを人間共同体の一員とみなさなかった点にあると語っている。

タイトルについて

タイトルは旧約聖書の『サムエル記下』に登場するアブサロムに由来する。ダビデ王の息子アブサロムは、異母兄アムノンが妹タマルを辱めたことに怒りアムノンを殺し、やがて父に反逆して殺される。ダビデの嘆き「わが子アブサロムよ、わが子、わが子アブサロムよ」が、父と子の悲劇、兄弟殺し、王朝の危機を象徴する。本作ではヘンリーとボン、サトペンとボンの関係、そして南部の「家」の崩壊がこの物語と響き合う。

文体

フォークナーの文体は、長く入り組んだ文、括弧や関係節の入れ子、意識の流れ、反復と累積を特徴とする。第6章には1288語に及ぶ一文があり、一時期ギネス記録に登録されたこともある。語りは直線的に進まず、円環的に同じ事件を何度も回りながら、徐々に情報を積み重ねる。文体そのものが、記憶の不確かさ、語りの多重性、歴史の再構成の過程を体現している。

南部の口語的なリズムと、エリザベス朝的な壮大さ、ゴシック的な暗いイメージが混在する。難解さは意図的であり、読者を受動的な受容者から能動的な解釈者へと変える装置となっている。

構成

物語は主に1909年のローザの語り、クエンティンの父の語り、クエンティンとシュリーヴの共同再構築という三層の枠組みを持つ。時系列は1830年代から1910年頃までを前後し、サトペンの生い立ち、ハイチ時代、ジェファーソンでの台頭、戦争、崩壊が断片的に提示される。付録として年表、家系図、ヨクナパトーファの地図が添えられ、読者の再構築を助ける。

語り手たちの話はいずれも不確実である。ローザは憎悪に支配され、コンプソン氏は運命論的な解釈を加え、クエンティンとシュリーヴは証拠の欠落を想像で埋める。真実は単一の語りには属さず、語りの交錯そのものにある。

テーマ分析

中心テーマは、野心と「設計」の破綻である。サトペンは貧しい出自を乗り越え、純粋な血統の王朝を築こうとするが、人種的純粋性への執着が自らを滅ぼす。ボンの拒絶は、南部が奴隷制の遺産を認めようとしないことの寓話として機能する。

人種と血の神話が本作の核心をなしている。ヘンリーは近親相姦の可能性を受け入れつつも、ボンの混血を知ったときに殺人に至る。この優先順位は、南部の人種秩序の深さを示す。記憶と歴史の不確実性も重要である。過去は語りによってのみ現前し、語りは常に偏りと想像を含む。クエンティンの「ぼくは南部を憎んでいない」という最後の言葉は、愛憎の両義性を残して閉じられる。

家父長制、女性の沈黙と抑圧、階級、南北戦争後の南部の没落も、サトペン家の崩壊を通じて描かれる。語りの行為そのものが、過去を生き続ける南部の呪いを再現する。

書誌情報(英語原著)

  • 原題:Absalom, Absalom!
  • 初刊:Random House(ニューヨーク、1936年10月26日)、384ページ
  • カバーデザイン:ジョージ・ソルター
  • ジャンル:南部ゴシック、モダニズム小説
  • 構成:本文に加え、年表、家系図、ヨクナパトーファ郡の地図を付す(版によって配置は異なる)
  • 主な校訂版:Noel Polk編 Corrected Text(Vintage International, 1986年など)

翻訳

本作は世界の主要言語に広く翻訳されている。フランス語訳は1950年代に現れ(Raymond Girardら)、ドイツ語訳は1940年代末から、スペイン語訳は1950年前後から流通し、ラテンアメリカにおけるフォークナー受容の基盤の一つとなった。イタリア語、ロシア語、中国語、日本語、ポルトガル語、ヘブライ語、韓国語などにも翻訳されている。

各言語の翻訳においては、長文の処理や口語の再現が訳者によって大きく異なることが多い。

日本語訳

主な日本語訳としては以下のものがある。

大橋健三郎(または大橋吉之輔)訳は、1960年代に冨山房の『フォークナー全集』などに収録された初期の完訳の一つである。

篠田一士訳は1966年頃に集英社の世界文学全集などで発表され、1979年の集英社版、さらに2008年の河出書房新社「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」に再録された。比較的句点を多用し、読みやすさを重視した訳文とされる。

高橋正雄訳は1970年に河出書房新社のカラー版世界文学全集に収録され、1998年に講談社文芸文庫(上下巻)として再刊された。原文のリズムと日本語としての自然さのバランスを取る中間的な位置づけの訳と評されることが多い。

藤平育子訳は2011–2012年に岩波文庫(上下巻)として刊行された比較的新しい訳である。原文の長い文構造をできるだけ忠実に再現しようとし、句点を抑えた息の長い文体が特徴で、難解さはあるが原文への接近を図ったものとされる。巻末に年表などの付録も充実している。

これらの訳は、フォークナー特有の長文や口語的要素の処理において大きく異なり、読者の好みや研究目的に応じて比較されることが多い。

評価

発表当初は複雑すぎる文体と冗長な語りが批判され、販売も振るわなかった。第二次世界大戦後、フランスでの評価やアンソロジー『ポータブル・フォークナー』(1946年)の刊行を契機に再評価が進み、ノーベル賞受賞後に地位が確立した。現在ではフォークナーの最高傑作、あるいは20世紀小説の最重要作品の一つと広くみなされる。2009年には『オックスフォード・アメリカン』誌のパネルが「史上最高の南部小説」に選出した。

難解さへの批判は残るが、語りの実験と歴史認識の結びつき、人種問題への正面からの取り組みが評価の中心となっている。

影響

本作およびフォークナーの作品群は、世界の文学に広範な影響を与えた。ガブリエル・ガルシア=マルケスはフォークナーを強く意識し、語りの多重性や土地に根ざした神話的歴史叙述を自作に取り入れた。ラテンアメリカ文学の「ブーム」世代全体に、フォークナー的な時間感覚と地方の神話化が響いている。

日本では中上健次が、自身の出身地である被差別部落を舞台とする作品においてフォークナーを重要な参照軸としたほか、大江健三郎への影響も指摘される。

アフリカ系アメリカ人文学では、トニ・モリスンらがフォークナーの南部表象を批判的に継承・転換した。語りの多重性、歴史の構築性、血と土地の神話といったモチーフは、その後のアメリカ小説や世界文学に広く響いている。

登場人物

トマス・サトペン(Thomas Sutpen):物語の中心人物。西ヴァージニアの山岳部に貧しい白人として生まれ、少年時代にプランテーションの黒人召使いから侮辱を受けた経験を転機に、王朝を築く「設計」を抱く。ハイチで監督となり、プランテーション主の娘エウラリアと結婚して息子チャールズ・ボンをもうけるが、妻の混血を知って捨てる。1833年にジェファーソンに現れ、先住民から約100平方マイルの土地を得て「サトペンの百」を建設。フランス人建築家と奴隷を使い大邸宅を建て、エレン・コールドフィールドと結婚してヘンリーとジュディスを得る。奴隷の娘との間にクライティ(クリュタイムネストラ)をもうける。南北戦争では大佐として従軍し、戦後は没落する。ミラ・ジョーンズとの関係から生まれた娘を拒絶したため、ウォッシュ・ジョーンズに殺される(1869年)。冷酷で意志が強く、人間的共感を欠いた人物として語られる。

チャールズ・ボン(Charles Bon):サトペンとエウラリアの息子。混血。洗練された人物として描かれる。ヘンリーと大学で親交を結び、ジュディスと婚約する。サトペンに認知を求めるが拒絶され、ヘンリーに射殺される(1865年)。近親相姦と人種の禁忌が交差する悲劇の軸。

ヘンリー・サトペン(Henry Sutpen):サトペンとエレンの息子。ボンを友人として受け入れ、近親相姦の可能性を知っても関係を断たなかったが、ボンの混血を知って殺害する。戦後は屋敷に隠れ住み、1910年の火事でクライティとともに死ぬ。

ジュディス・サトペン(Judith Sutpen):ヘンリーの姉。ボンを愛し、死後もその記憶を守る。強い意志を持つが、家の崩壊の中で沈黙を強いられる。後にチャールズ・エティエンヌを看護して病死する。

ローザ・コールドフィールド(Rosa Coldfield):エレンの妹。サトペンを「悪魔」と呼び、憎悪を抱いて語る。エレンの死後サトペンから求婚され、屈辱的な提案を受けて婚約を破棄。43年間を孤独と怨念の中で生きる。1909年の語り手の一人。

クエンティン・コンプソン(Quentin Compson):『響きと怒り』にも登場する青年。1909年にローザの語りを聞き、父の話を重ね、ハーバードでシュリーヴとともに物語を再構築する。南部の過去に囚われ、愛憎の間で引き裂かれる。

ジェイソン・コンプソン三世(Jason Compson III / Mr. Compson):クエンティンの父。運命論的な解釈を加え、サトペンの物語を語る。

ジェネラル・コンプソン(General Compson):クエンティンの祖父。サトペンの唯一の友人とされる。

クライティ(Clytie / Clytemnestra):サトペンと奴隷の娘。屋敷に残り、ヘンリーを隠し、最終的に火を放って自らも死ぬ。

ジム・ボンド(Jim Bond):チャールズ・エティエンヌ・ド・サン・ヴァレリ・ボンの息子。知能に障害があり、サトペン家の最後の血を引く者として残る。

ウォッシュ・ジョーンズ(Wash Jones):貧しい白人。サトペンに仕え、孫ミラを妊娠させた後に拒絶されたため、サトペンを殺す。

シュリーヴ・マキャノン(Shreve McCannon):クエンティンのハーバードのルームメイト。カナダ人で南部の外部者として、物語の再構築に積極的に参加する。

エレン・コールドフィールド(Ellen Coldfield):サトペンの二度目の妻。ヘンリーとジュディスの母。

その他、エウラリア・ボン、グッドヒュー・コールドフィールド、フランス人建築家、ミラ・ジョーンズ、チャールズ・エティエンヌなどが物語を支える。

年表

フォークナー自身が初版付録に記した年表を基に、主要な出来事を整理する(版により細部の年次表記に若干の揺れがある)。

年 出来事
1807 トマス・サトペン、西ヴァージニアの山岳部に生まれる。
1817 サトペン家、タイドウォーター・ヴァージニアへ移住。
1820 サトペン、14歳で家を出る。
1827 ハイチで最初の妻と結婚。
1829 チャールズ・ボン生まれる。
1831 サトペン、妻の混血を知り、妻と子を棄てる。
1833 サトペン、ヨクナパトーファ郡ジェファーソンに現れ、土地を取得し屋敷の建設を始める。
1834 クライティ生まれる。
1838 サトペン、エレン・コールドフィールドと結婚。
1839 ヘンリー・サトペン生まれる。
1841 ジュディス・サトペン生まれる。
1845 ローザ・コールドフィールド生まれる。
1859–60 ヘンリーが大学でボンと知り合い、クリスマスにサトペンの百へ連れて帰る。ボンとジュディスの関係が深まる。
1860 サトペンがボンの素性をヘンリーに明かし、ヘンリーは家を棄ててボンとともに去る。
1861 南北戦争勃発。サトペン、ヘンリー、ボンが出征。
1862 エレン死去。
1864 グッドヒュー・コールドフィールド死去。
1865 ヘンリー、サトペンの百の門前でボンを射殺。ローザが屋敷へ移る。
1866 サトペン帰還。ローザに求婚するが屈辱的な提案をし、ローザは去る。
1869 ミラが娘を出産。サトペンが拒絶したため、ウォッシュ・ジョーンズがサトペンを殺す。
1870頃– ボンの混血の妻と息子チャールズ・エティエンヌが屋敷を訪れる。エティエンヌは後に屋敷で暮らす。
1884 ジュディスとチャールズ・エティエンヌ、病で死去。
1909 ローザがクエンティンを招いて語る。二人でサトペンの百を訪れ、隠れていたヘンリーを発見。
1910 ローザが救急車を呼び、クライティが火を放つ。ヘンリーとクライティが焼死。ローザも間もなく死去。

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Full text of "Absalom Absalom"

あらすじ(ネタバレあり)

1909年9月、ミシシッピ州ジェファーソン。老嬢ローザ・コールドフィールドは、ハーバード大学への進学を控えたクエンティン・コンプソンを自室に招き、トマス・サトペンの物語を語り始める。部屋は閉ざされ、ウィステリアの匂いが漂う。ローザはサトペンを「悪魔」と呼び、1833年に町に現れた見知らぬ男が、突然土地を得て巨大な邸宅を建て、姉エレンと結婚して家名を利用した経緯を語る。ヘンリーとジュディスが生まれ、ヘンリーが大学でチャールズ・ボンと親しくなり、ボンがジュディスと婚約する。南北戦争中、ヘンリーはボンとともに従軍し、戦争末期にボンをサトペンの百の門前で射殺する。ジュディスは花嫁衣裳のまま待つ。

ローザは自身の経験も語る。エレンの死後、サトペンはローザに求婚するが、まず男子を産ませてから結婚するという屈辱的な提案をし、ローザは去る。サトペンは戦後、貧しいウォッシュ・ジョーンズの孫娘ミラと関係を持ち、生まれたのが娘だったため拒絶する。ウォッシュはサトペンを鎌で殺し、事態はさらに悲劇的な結末を迎える。

クエンティンは父からさらに話を聞く。父はサトペンの生い立ちを語る。貧しい山岳部で育ち、プランテーションの門で黒人召使いに追い返された経験が、純粋な血統の王朝を築く「設計」を生んだ。ハイチで監督となり、反乱を鎮圧して主人の娘と結婚し、息子ボンを得るが、妻の混血を知って捨てる。ジェファーソンで新たに「設計」を実行し、奴隷と建築家を使って屋敷を建て、コールドフィールド家と結婚して正当性を得る。

ハーバードの寒い部屋で、クエンティンはシュリーヴとともに物語を再構築する。二人は証拠の欠落を想像で埋め、ボンがサトペンの息子であること、ヘンリーが近親相姦を受け入れつつも混血を受け入れられなかったこと、サトペンがボンを認知しなかったことがすべての悲劇の軸であることを推測する。ボンは認知を求め、ヘンリーは父の拒絶を知り、最終的に人種の禁忌が殺人を引き起こす。

クエンティンはローザとともにサトペンの百を訪れる。廃墟となった屋敷にヘンリーが隠れて生きており、クライティが守っていることが判明する。約三か月後、ローザが救急車を連れて戻ると、クライティは当局が来たと誤解して火を放ち、ヘンリーとともに焼死する。ジム・ボンドだけが生き残り、サトペンの血は混血の障害を持つ子孫として残る。

物語は、クエンティンがシュリーヴに「ぼくは南部を憎んでいない」と繰り返すところで終わる。過去は語りによって生き続け、クエンティン自身もその呪いに取り込まれている。サトペンの「設計」は、人種的純粋性と家父長的支配に基づいていたが、まさにその原則が自らを滅ぼした。南部の歴史そのものが、語りの多重性と記憶の不確かさの中で、永遠に再構築され続ける。