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ジル・ドゥルーズ『ザッヘル=マゾッホ紹介 冷淡なものと残酷なもの』(1967年)

概説

ジル・ドゥルーズ『ザッヘル=マゾッホ紹介 冷淡なものと残酷なもの』(原題:Présentation de Sacher-Masoch. Le froid et le cruel)は、1967年にフランスの午前零時社(レ・エディシオン・ド・ミニュイ)から刊行された、レオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホの文学をめぐる哲学的批評である。本書の中心的な主張は、サディズムとマゾヒズムを対称的な一組の倒錯(いわゆる「サドマゾヒズム」)とみなす通念を退け、両者を発生・機制・美学のいずれにおいても本質的に異質な、独立した体系として捉え直す点にある。ドゥルーズはこの論証を、マゾッホのテクスト分析と、フロイト以降の精神分析概念の批判的な読み替えとを往還させながら進めており、その意味で本書は文学批評でありながら、後の『差異と反復』(1968年)や『アンチ・オイディプス』(1972年、フェリックス・ガタリとの共著)に連なる、ドゥルーズ自身の哲学的探究の一環としても読むことができる。

著者略歴

ジル・ドゥルーズ(1925年1月18日、パリ生-1995年11月4日、パリ没)は、20世紀後半のフランスを代表する哲学者の一人である。パリで教育を受け、1948年に哲学のアグレガシオン(教授資格)を取得した後、地方の高校で教鞭を執った。1960年から1964年まで国立科学研究センター(CNRS)に籍を置き、この間に『ニーチェと哲学』(1962年)を発表してミシェル・フーコーと親交を結んだ。1964年から1969年まではリヨン大学で教授職にあり、本書はこの時期に、『ベルクソニズム』(1966年)に続いて執筆・刊行されている。1968年には『差異と反復』と『スピノザと表現の問題』の二本の博士論文を提出した。1969年、実験的な教育改革の場として設立されたパリ第八大学(ヴァンセンヌ校、後のサン=ドニ校)に招かれ、1987年の退官までここで教えた。同大学では精神分析家フェリックス・ガタリと出会い、『アンチ・オイディプス』(1972年)、『千のプラトー』(1980年)をはじめとする「資本主義と分裂症」の共著群を生み出すことになる。晩年は重い呼吸器疾患を患い、1995年にパリの自宅で死去した。

ザッヘル=マゾッホと『毛皮を着たヴィーナス』について

レオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホ(1836年1月27日、レンベルク[現ウクライナ・リヴィウ]生-1895年3月9日、ドイツ・リントハイム没)は、オーストリアの作家・ジャーナリストである。ガリツィアの生活を題材にした作品群で当時は広く読まれた多作な作家であったが、未完の連作『カインの遺産(Das Vermächtnis Kains)』の一部として1870年に発表した中編小説『毛皮を着たヴィーナス(Venus im Pelz)』によって、没後はもっぱらこの一作の作者として記憶されることになる。同作は、主人公ゼヴェリーンが崇拝する女性ヴァンダに自ら隷従を申し出て契約を結び、屈辱と支配を通じて官能を追求する物語であり、精神科医リヒャルト・フォン・クラフト=エビングが1886年の『性的精神病質(Psychopathia Sexualis)』でザッヘル=マゾッホの名にちなんで「マゾヒズム」の語を造語する典拠となった。ドゥルーズの本書は、この「マゾヒズム=ザッヘル=マゾッホ」という等式そのものを出発点としながら、その等式が覆い隠してきたマゾッホ文学の独自性を掘り起こす試みとして書かれている。

出版の経緯・背景

本書の起点は、1961年に評論誌『アルギュマン(Arguments)』第21号に発表された論考「ザッヘル=マゾッホからマゾヒズムへ(De Sacher-Masoch au masochisme)」にある。ドゥルーズはこの初期論考を大幅に改稿・拡張し、1967年にミニュイ社の「アルギュマン」叢書の一冊として本書を刊行した。当時マゾッホはフランスにおいてほとんど読まれておらず、もっぱらサドの陰画、あるいはサディズムの反転形態としてしか語られてこなかった作家であった。ドゥルーズはこうした受容史そのものを批判の対象とし、マゾッホをサドから切り離して独自の作家として「紹介(présentation)」し直すことを企図している。原著初版には、補遺としてマゾッホの代表作『毛皮を着たヴィーナス』の全訳(オード・ヴィルムによる仏訳)が併録されており、書名の「紹介」という語には、単なる論評にとどまらず、マゾッホという作家自体をフランス語読者に向けて改めて提示するという含意が込められている。刊行の時期は、ドゥルーズがリヨン大学に在職し、『ニーチェと哲学』(1962年)を経て『差異と反復』(1968年)へと向かう、いわゆる前期ドゥルーズ哲学の形成期にあたる。

書誌情報(フランス語原著)

  • Présentation de Sacher-Masoch. Le froid et le cruel, Paris, Les Éditions de Minuit, coll. « Arguments », 1967年。マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』(オード・ヴィルム訳)全文を併録。
  • 1974年、10/18社より再刊。
  • 現行のポケット版:coll. « Reprise » n° 15, Minuit, 2007年。

翻訳の状況

英語訳はジーン・マクニールによるもの(1971年、1989年増補版)が唯一の定訳として流通しており、1989年の増補版はマゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』(ジーン・マクニール訳)を併録している。

A・M・ガルシア・マルティネスによるスペイン語訳(Presentación de Sacher-Masoch, Madrid, Taurus, 1973年)もある。

日本語訳は蓮實重彦による旧訳『マゾッホとサド』(晶文社、1973年。1998年に改装版が刊行)と堀千晶による新訳『ザッヘル=マゾッホ紹介 冷淡なものと残酷なもの』(河出書房新社、2018年)の二種類が刊行されている。

内容

本書の章立ては、「サド、マゾッホと彼らの言語」「描写の役割」「サドとマゾッホの相補性はどこまで及ぶのか」「マゾッホと三人の女性」「父と母」「マゾッホの小説的要素」「法、ユーモアとアイロニー」「契約から儀礼へ」「精神分析」「死の本能とは何か」「サド的超自我とマゾ的自我」という構成をとる。

「否定」と「否認」──文体上の対立

ドゥルーズの議論は、大きく二つの層で進む。第一の層は、サド文学とマゾッホ文学それぞれの様式・技法そのものの差異を取り出す文学批評的な層である。ドゥルーズによれば、サドの文体は論証的理性に貫かれ、「否定(négation)」の操作によって既存の制度や道徳を暴力的に無効化しようとする。それに対してマゾッホのテクストは、宙吊りにされた時間性(suspens)のなかで、否定ではなく「否認(dénégation)」という機制を通じて理想を宙づりのまま保持し、想像力によってその理想を具象化しようとする。この具象化の運動が、いわゆるフェティシズム(女性の像、毛皮、彫像的なポーズなど)として現れる。

精神分析的な再定式化──サディズムの超自我とマゾヒズムの自我

第二の層は、この様式的差異を精神分析の語彙で再定式化する層である。ドゥルーズは、サディズムとマゾヒズムを一つの心的装置(超自我とエスの対立)の両面として説明するフロイト的図式を批判し、サディズムには「サディズムの超自我」、マゾヒズムには「マゾヒズムの自我」というように、それぞれに固有の心的配置を対応させる。あわせて、マゾッホにおける父と母のイメージの扱い(父権的なものの否認と、理想化された母=冷淡な女への転位)を分析し、そこから両者に共通する審級として「死の本能」を再解釈する。サディズムにおける苦痛とマゾヒズムにおける苦痛は、いずれも快原理そのものより根源的な反復強迫の機能に従属している、というのがドゥルーズの見立てである。

「アイロニー」と「ユーモア」、そして契約

法との関係の描き方も本書の要点の一つである。サド的主体は、法を徹底して踏み越え無効化しようとする「アイロニー」の身振りをとる。これに対しマゾッホ的主体は、法を字義通りに、過剰なまでに厳密に遵守することによって、かえって法そのものを滑稽化し嘲弄する「ユーモア」の身振りをとる。この対比から、マゾヒズムにおける「契約」という主題が導かれる。マゾッホの主人公たちが女主人と交わす契約は、外部から科される刑罰的な法とは異なり、当事者間の合意に基づいて自発的に受苦を制度化する行為であり、ドゥルーズはここに、処罰以前の、法の生成そのものに関わる「儀礼」への移行を見出している。

総じて本書は、サディズムとマゾヒズムをそれぞれ、近代における理性・父権的支配の様態(サディズム)と、それに対する想像力・契約・ユーモアを介した抵抗の様態(マゾヒズム)として位置づけ直す試みとして読むことができる。マゾッホの作品を単なる性愛文学、あるいはサドの単なる補完や反転としてではなく、より高次の批評的射程を備えたテクスト群として読み直す視座が、本書の核心をなしている。

評価・受容

刊行当初から、本書は精神分析の領域を含めて高く評価された。ジャック・ラカンは『セミネール』XIV(1966-67年)で、本書をマゾヒズム論として書かれた文献のなかで最も優れたものであると評している。文学研究の側からは、ロナルド・ボーグが、ドゥルーズの主眼はマゾッホをめぐる伝統的な文学史的問いへの回答というよりも、マゾッホの作品群を貫く思考の体系を取り出すことにあったと指摘し、本書を、カント的な法概念の転倒を企てる倒錯した理想主義の書としてマゾッホを再評価する試みと位置づけている。ボーグはまた、本書の意義を、精神分析的・批評的観点の双方から示唆に富むだけでなく、文学と哲学の関係そのものを組み替える手つきを示した点に見ている。

他方で、本書に対しては批判的な検討も蓄積してきた。とりわけ近年の研究では、ドゥルーズが契約という審級を通じてマゾヒズムの政治性(精神分析が説明し得なかった側面)を的確に捉えた点を認めつつも、その契約関係が暗黙のうちに前提とする人種的な布置――アンバー・ジャミラ・マッサーが『扇情的な肉体:人種、権力、マゾヒズム(Sensational Flesh: Race, Power, and Masochism)』(2014年)で指摘する、マゾヒズムの「白人性」――を不問に付しているという批判が提出されている。フリーダ・ベックマンをはじめ、ドゥルーズ研究における人種と権力の交点を論じる論者も、同様の問題系に触れている。

影響

本書が後続の思想・批評に与えた影響は多岐にわたる。フーコーの『性の歴史』(1976年以降)における権力論的な性の分析には、本書が切り開いた、サディズムとマゾヒズムを単純な対概念とせず、それぞれ固有の権力=欲望の配置として捉える視座との親和性が指摘される。フェミニズム批評の領域では、カジャ・シルヴァーマンが『周縁の男性主体(Male Subjectivity at the Margins)』(1992年)において、映画における男性のマゾヒズム的幻想を分析する枠組みとしてドゥルーズのマゾヒズム論を援用し、家父長的権威に対する男性身体の「女性化」という主題を論じている。クィア理論の側では、リオ・ベルサーニが『ホモズ(Homos)』(1995年)において、規範的性を撹乱する契機としてのマゾヒズムを論じる際に本書を参照している。また、契約・儀礼・宙吊りといった本書の鍵概念は、20世紀後半以降のBDSM(ボンデージ=拘束、ディシプリン=規律、ドミナンス=支配とサブミッション=服従、サドマゾヒズム)実践をめぐる文化研究において、マゾヒズムを単なる服従ではなく合意に基づく権力の反転として理論化する際の参照点の一つとなってきた。

ドゥルーズ自身の仕事との連続性という観点では、本書で析出された「宙吊り」「否認」「死の本能」といった主題は、後のガタリとの共著、とりわけ『アンチ・オイディプス』における欲望機械論や、『千のプラトー』における器官なき身体(corps sans organes)の議論へと部分的に引き継がれていく。マゾッホ論で示された、フロイト的な欲望の解釈(個人史・エディプス的葛藤への還元)への懐疑は、ガタリとの共同作業においてより体系的な精神分析批判へと展開されることになる。

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