概説
『ペントハウス・アンド・ペイヴメント(Penthouse and Pavement)』は、イギリスのシンセポップ・バンド、ヘヴン17(Heaven 17)によるデビュー・スタジオ・アルバムである。1981年9月18日にヴァージン・レコードから発売された。バンド名はアンソニー・バージェスの小説『時計じかけのオレンジ』(1962年)に登場する架空のバンドに由来する。メンバーは、ヒューマン・リーグ(Human League)を脱退したマーティン・ウェアとイアン・クレイグ・マーシュ、ヴォーカリストのグレン・グレゴリーの三人である。
アルバムは「Pavement」サイド(ファンク色の強い楽曲群)と「Penthouse」サイド(純粋な電子音響による楽曲群)の二部構成となっている。音楽のスタイルはキャッチーでダンス志向のシンセポップ/エレクトロ・ファンクだが、歌詞は資本主義批判、核戦争への警戒、冷戦下の軍拡競争といった政治的なテーマを扱っている。
全英アルバム・チャートに77週間チャートインし、最高14位を記録、1982年10月にはBPIゴールド認定(10万枚)を受けた。シングルは商業的な大ヒットには至らなかったものの、アルバムは長期にわたって支持され、後年『死ぬ前に聴くべき1001枚のアルバム(1001 Albums You Must Hear Before You Die)』に収録されるなど、1980年代初頭のシンセポップ史における重要な一作として位置づけられている。

制作の背景
1980年、ヒューマン・リーグの初期メンバーであったマーティン・ウェアとイアン・クレイグ・マーシュは、フィル・オーキーらとの方向性の相違からバンドを脱退した。彼らはプロダクション会社兼音楽プロジェクトのブリティッシュ・エレクトリック・ファウンデーション(British Electric Foundation / B.E.F.)を設立し、ビジネス的な枠組みの中で音楽活動を展開する構想を打ち出した。彼らはヴォーカリストとして旧知のグレン・グレゴリーを迎えてヘヴン17を結成し、結成後わずか10日ほどでデビュー・シングル「ファシスト・グルーヴ・サング / (We Don’t Need This) Fascist Groove Thang」を完成させたとされる。
録音はシェフィールドのスタジオ、B.E.F.–メゾン・ルージュ(B.E.F.–Maison Rouge)を中心に行われ、同時期に同スタジオではヒューマン・リーグがアルバム『デアー(Dare)』(1981年)を制作していた。その他、ロンドンのタウンハウス(Townhouse)やザ・ガーデン(The Garden)でも作業が行われた。ジャケットはレイ・スミスによる絵画で、スーツ姿のメンバーをビジネスマンとして描き、「B.E.F. The New Partnership」などのロゴを配した。これは当時台頭しつつあったヤッピー文化や資本主義的な貪欲さに対する皮肉な批評として構想されたものであり、バンドを「ブランド」として提示する意図が明確に示されている。タイトル「Penthouse and Pavement」はビジネス雑誌の広告から着想を得たもので、富裕層のペントハウス(ビルの最上階の高級住戸)と労働者の路面(pavement)という階級格差を象徴している。
制作手法
本作ではドラム・コンピュータのLinn LM-1が重要な役割を果たし、リアルなドラム・サンプルによるグルーヴを可能にした。シンセサイザーとしてはRoland Jupiter-4、Roland System 100、Mini-Korg 700Sなどが用いられ、ウェアとマーシュがそれまでに培ってきた電子音響の経験が活かされている。
「Pavement」サイドでは、シェフィールド在住の若手セッション・ミュージシャン、ジョン・ウィルソンがベース、ギター、ギター・シンセサイザーを担当し、ファンク的な演奏を導入したことで、ヒューマン・リーグ時代の簡素で余白の多い電子音響から、より有機的でダンスフロア向けのサウンドへと拡張された。タイトル曲ではジョシー・ジェイムズによるR&B風の女性バッキング・ヴォーカルも加えられている。「The Boys of Buddha」名義による合成ホーンや、一部楽曲でのアコースティック・ピアノ(スティーヴ・トラヴェル)も特徴的である。プロデュースはブリティッシュ・エレクトリック・ファウンデーション名義が中心で、その他にリチャード・マンワーリングなども関与した。
評価
発売当時、イギリスの音楽メディアは本作をおおむね高く評価した。NME誌のポール・モーリーは「素晴らしい作品であり、あなたのニーズを否定することはない。真であるからこそ信頼を置ける(fabulous and it won’t deny your needs and you just put our faith in it because it is true)」と記し、同誌の1981年のベスト・アルバムで5位に選ばれた。スマッシュ・ヒッツ誌のデイヴ・リマーは「しばしばダンサブルで、常に興味深く、時にはそれ以上のもの(This is often danceable, always intriguing and sometimes a whole lot more)」と評し、メロディ・メイカー誌のリンデン・バーバーは「今年聴く可能性のある音楽の中で最も楽しめる、刺激的で知的なものの一つ(some of the most enjoyable, inspiring and intelligent music you’re likely to hear this year)」「現代のポップにおいて、真のオリジナルに与えられた稀有な空間を占めている(occupy that rare space in contemporary pop reserved for true originals)」と位置づけた。
商業面ではシングルの売り上げがBBCの放送禁止(特に「Fascist Groove Thang」におけるレーガン批判)などの影響で伸び悩んだものの、アルバム自体は長期チャートインを果たし、ゴールド認定に至った。
後年の再評価では、AllMusicのダン・ルロイが「1980年代の最も完成度の高いデビュー作の一つ(one of the most accomplished debuts of the ’80s)」とし、エレクトロポップと優れたメロディを組み合わせ、左派的な政治的歌詞をグレゴリーが大上段に構えずに歌い上げた点を評価した。
総じて、政治的メッセージとダンス・ミュージックの融合、ファンクと電子音響のハイブリッドという点で、同時代のシンセポップの枠を押し広げた作品として国内外で再認識されている。
楽曲解説
A面(”Pavement”)
「ファシスト・グルーヴ・サング / (We Don’t Need This) Fascist Groove Thang」:デビュー・シングル。約160BPMの高速テンポで、Linn LM-1と複数の電子リズムを重ね、ジャジーでファンキーなグルーヴを構築する。歌詞はサッチャー政権下のイギリスとレーガン大統領就任直後のアメリカを批判し、ファシズムと軍国主義の台頭を警告する。BBCはレーガンを「ファシストの神が動き出す(fascist god in motion)」と描写した箇所を名誉毀損とみなして放送禁止とし、チャート上は45位にとどまったが、政治とダンスを両立させた宣言的な作品としてバンドの方向性を決定づけた。ジョン・ウィルソンのベースとギターが躍動を加え、後年にLCDサウンドシステム(LCD Soundsystem)らによるカバーも生まれている。
「ペントハウス・アンド・ペイヴメント / Penthouse and Pavement」:タイトル曲。アメリカのR&B/ファンクの影響が顕著で、スラップ・ベース的なラインとジョシー・ジェイムズのバッキング・ヴォーカルが印象的。歌詞は「ペイヴメント」(労働者の日常)と「ペントハウス」(成功・富裕層)の対比を通じて、資本主義社会における階級格差と自己喪失を描く。
「プレイ・トゥ・ウイン / Play to Win」:シングル・カット曲。競争社会の危うさを暗示する歌詞を、シャープなシンセ・リフとリズミカルなプログラミングが支える。成功への執念とリスクを主題とし、アルバムの商業的・社会的テーマを凝縮した一曲。
「ソウル・ウォーフェア / Soul Warfare」:資本主義的な駆け引きを「魂の戦い(soul warfare)」として描く。スティーヴ・トラヴェルのアコースティック・ピアノが加わり、ジョン・ウィルソンのギター/ベースが厚みを与える。電子音響とファンク・グルーヴの対比が印象的である。
B面(”Penthouse”)
「ゲイシャ・ボーイズ・アンド・テンプル・ガールズ / Geisha Boys and Temple Girls」:実験的で電子音響寄りの曲。ヘヴン17らしい洗練されたシンセ・テクスチャーが特徴。
「レッツ・オール・メイク・ア・ボム / Let’s All Make a Bomb」:冷戦下の相互確証破壊(MAD: Mutually Assured Destruction)を風刺した曲。「MADからMを取り除いて / みんなで爆弾を作ろう(Take the M out of M.A.D. / Let’s all make a bomb)」というフレーズで、核兵器の不条理と軍拡の狂気を嘲笑する。明るいシンセ・メロディとダンス・ビートの下に、終末的なアイロニーが潜む。
「ザ・ハイト・オブ・ザ・ファイティング / The Height of the Fighting (He-La-Hu)」:後にシングル・カットされた。政治的・社会的対立の高まりを歌ったリズミカルな曲。戦闘的な緊張感を、キャッチーなコーラス「He-La-Hu」で緩和する構造が特徴。
「ソング・ウィズ・ノー・ネーム / Song with No Name」:アルバム中でも特に暗く内省的な曲。映画音楽的な雰囲気(エンニオ・モリコーネらの影響が指摘される)を帯び、クリント・イーストウッドが『ドル箱三部作』で演じた「名無しの男(The Man with No Name)」への参照を含む。名声への欲望やキャリアの破壊といったテーマを、余白の多い電子音響で描く。
「ウィアー・ゴーイング・トゥ・リヴ・フォー・ア・ヴェリー・ロング・タイム / We’re Going to Live for a Very Long Time」:成功者の自己満足を風刺した曲。オリジナルのLPではランオフ・グルーヴ(送り溝)まで音が続き、「For a very long time」のフレーズがループする仕掛けが施されていた。
収録曲
合計約38:12(オリジナルLP基準。一部表記は再発盤により若干異なる)。全曲作詞・作曲:マーティン・ウェア、イアン・クレイグ・マーシュ、グレン・グレゴリー。
Pavement Side
- (We Don’t Need This) Fascist Groove Thang – 4:20
- Penthouse and Pavement – 6:23
- Play to Win – 3:37
- Soul Warfare – 5:04
Penthouse Side
- Geisha Boys and Temple Girls – 4:33
- Let’s All Make a Bomb – 4:03
- The Height of the Fighting – 3:01
- Song with No Name – 3:36
- We’re Going to Live for a Very Long Time – 3:15
人員
Heaven 17
- グレン・グレゴリー – リード・ヴォーカル、バッキング・ヴォーカル
- マーティン・ウェア – ピアノ、シンセサイザー、Linn LM-1、パーカッション、バッキング・ヴォーカル
- イアン・クレイグ・マーシュ – シンセサイザー、サックス、パーカッション
セッション・ミュージシャン
- ジョン・ウィルソン – ギター、ギター・シンセサイザー、ベース(1–4)
- ジョシー・ジェイムズ – バッキング・ヴォーカル(2)
- スティーヴ・トラヴェル – アコースティック・ピアノ(4)
- The Boys of Buddha – 合成ホーン(シンセサイザーによるホーン・パートのクレジット名義)
制作
- British Electric Foundation – プロデュース、パッケージ・デザイン
- リチャード・マンワーリング – 共同プロデュース、エンジニア
- ボブ・ラスト – エグゼクティブ・プロデューサー
- ピーター・ウォルシュ – プロデュース・アシスタント、エンジニア(一部)
- スティーヴ・ランス – エンジニア(一部)
- レイ・スミス – カバー・ペインティング
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