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青の稲妻(2002年)

概要

『青の稲妻』(2002年、中国語原題: 任逍遥(レン・シャオヤオ)、英語タイトル: Unknown Pleasures)は、中国の映画監督、ジャ・ジャンクー(賈樟柯)による長編第3作となる青春ドラマ映画である。2000年代初頭の中国の地方都市に生きる若者たちの停滞した日常をデジタルビデオ撮影によって描いている。

日本、中国、フランス、韓国の4か国による共同製作。

企画・制作はティー・マーク(日本)、胡同制作(香港)。

製作会社はオフィス北野(日本)、ビターズ・エンド(日本)、ルーメン・フィルムズ(フランス)、Eピクチャーズ(韓国)。

監督・脚本はジャ・ジャンクー。

出演はチャオ・タオ、チャオ・ウェイウェイ、ウー・チョン。

撮影はユー・リクウァイ。

編集はチャウ・キョン。

言語は晋語(山西方言)と標準中国語。

113分。

予告編

ポスター

中国語版

日本語版

英語版

あらすじ

舞台は2001年の中国山西省大同(ダートン)市。

物語は、失業状態にある2人の19歳の青年、シャオジイ(ウー・チョン)とその親友のビンビン(チャオ・ウェイウェイ)を中心に展開する。

大同はかつては炭鉱の町として栄えていたが、炭鉱業が衰退し、町には失業者があふれていた。

シャオジイは父親と小さなアパートで暮らしている。ビンビンの母親は紡績工場で働いている。

TVでは2008年夏季オリンピックの北京開催決定や中国のWTO(世界貿易機関)加盟のニュースが流れているが、シャオジイとビンビンは、煙草を吸ったりバイクで徘徊したりして無為な日々を過ごしている。

酒造会社「モンゴル王酒」のキャンペーンガールとして働いている歌手兼ダンサーのチャオチャオ(チャオ・タオ)に一目惚れしたシャオジイはチャオチャオを追い回し、チャオチャオの情夫で高利貸しのチャオサン(リー・チュウビン)とトラブルになる。

チャオチャオとチャオサンは、かつて恋愛関係が明るみに出て高校を放校処分になった生徒と体育教師の間柄だった。

チャオチャオは病院に長期入院中の父親を経済的に支えていた。

ビンビンにはユェンユェン(チョウ・チンフォン)という名の恋人がいた。ユェンユェンは北京市の大学の入試を控えた受験生だった。

シャオジイはチャオチャオと親しくなり、一緒に食事をしたりクラブに行ったりホテルの一室で過ごしたりするが、チャオチャオはシャオジイのもとを去る。

ビンビンは人民解放軍に入隊するために兵役検査を受けるが、肝炎を患っていることが判明し、不合格となる。

ユェンユェンは大学入試に合格する。ビンビンは借金をしてユェンユェンに携帯電話を買い与える。

ビンビンとシャオジイは銀行強盗を計画する。シャオジイはバイクでビンビンを中国建設銀行に連れて行き、ビンビンは偽物の爆弾を胸に巻いて銀行に入っていく。

解説

『青の稲妻』は、中国の改革開放政策下での急速な市場経済化を時代背景として、2001年当時の中国の地方工業都市を舞台に先の見えない若者たちの孤独や閉塞感を描いた印象的な青春映画である。

制作の動機

ジャ・ジャンクーは、短編ドキュメンタリー『イン・パブリック』(中国語原題: 公共場所、2001年)を撮影した山西省大同市で目にした一人っ子政策下の若者たちの様子に触発されたことが本作を撮る動機になったと語っている。

ジャは記者会見で次のように述べている。

「最初は、荒涼として寂しげな建物に惹かれました。そして、孤独で目的もなく行き場を失った人々であふれる街並みを見て、彼らに興味を持つようになったのです。」(台北タイムズ、2002年)

時代背景

本作の舞台となる2001年前後の中国は、WTO加盟に象徴される市場経済化とグローバル化の進展期にあたり、社会の構造が急速に変化していた時代である。1990年代後半には国有企業の再編に伴う大規模な失業が広がり、その影響は地方都市にも色濃く残っていた。一方で、沿岸部では資本主義的な消費文化や外来のポップカルチャーが急速に流入し、内陸の都市とのあいだに経済的・文化的な格差が生まれていた。

こうした環境の中で育った若者たちは、一人っ子政策のもとで個人化された価値観を持ちながらも、将来への不安や閉塞感を抱えていた。また、1999年以降に本格化した法輪功への弾圧に象徴されるように、社会統制も強化されており、自由化と管理強化が同時に進むという矛盾した状況が当時の中国社会の特徴であった。

デジタルビデオ撮影

ジャ・ジャンクーは『イン・パブリック』で初めてデジタルビデオ撮影を導入し、本作も全面的にデジタルビデオで撮影されている。

本作の映像は、デジタルビデオ撮影による粒子の粗い画質が特徴である。

軽量で機動性が高いデジタルビデオカメラの使用によって、即興的な撮影と現実の風景を即物的に切り取るドキュメンタリー的なアプローチが可能になった。

フィクションとドキュメンタリーの融合

本作は山西省大同市でわずか19日間で撮影された。

本作は現地ロケーションの活用と非職業俳優の起用により、フィクションでありながらドキュメンタリー的な質感を強く持っている。

シャオジイ役を演じたウー・チョンは実際に無職の若者だった。

『青の稲妻』では、荒廃した工業都市の風景は物語の背景ではなく、それ自体が主要な被写体になっている。

長回しと定点カメラの多用により、人物たちは都市空間の一部として扱われ、ドキュメンタリー的な観察記録の対象となっている。

劇的な展開の排除

本作は、物語を通じて人物の内面を表現する従来の映画的な語法を意図的に回避している。

劇的な展開の排除が本作の特徴である。時間の経過による物語の進行ではなく、停滞と反復が強調されている。

チャオチャオを巡るシャオジイとチャオサンの対立関係は、チャオサンの交通事故死によってあっけなく終わる。

ビンビンとユェンユェンの恋愛はまったく進展せず、キスもしないままで2人の関係は終わる。

ビンビンは銀行強盗を試みるが、警備員に胸の爆弾が偽物であることを見破られ、強盗は未遂に終わる。

任賢斉(リッチー・レン)「任逍遥(レン・シャオヤオ)」(1998年)

本作の中国語原題「任逍遥(レン・シャオヤオ)」は台湾の歌手・俳優の任賢斉(リッチー・レン)の同名の曲(邦題: 漂白の日々)に由来している。この曲は台湾のTVドラマ『神鵰俠侶(シェン・ディアオ・シア・リュ)』の主題歌として1998年にリリースされ、中国本土で大ヒットした。

「任逍遥」は「束縛を受けずに自由に生きる」といった意味で、束縛から解放された自由な境地を指す荘子の言葉「逍遥遊(シャオヤオ・ヨウ)」に由来している。

本作にはこの曲が登場する場面が3つある。

  1. チャオチャオがモンゴル王酒の宣伝イベントでこの曲に合わせて踊る場面
  2. ビンビンとユェンユェンがビデオ・ルームでこの曲を一緒に歌う場面
  3. 警察に逮捕されたビンビンが警察署で手錠をかけられたままこの曲を歌う皮肉なラストシーン

この曲は本作のエンドロールでも使われている。

『パルプ・フィクション』の参照

本作はクエンティン・タランティーノ監督の映画『パルプ・フィクション』(1994年)へのオマージュと思われるシークエンスを含んでいる。

シャオジイとチャオチャオがレストランで食事をする場面で、シャオジイが最近DVDで観たアメリカ映画について話す。シャオジイがその映画の強盗のシーンを真似て「動くな!」と叫ぶと、2人がクラブで踊っている場面に切り替わる。クラブでは『パルプ・フィクション』で使われたディック・デイル&デルトーンズ(Dick Dale & His Del-Tones)による「ミシルルー(Misirlou)」のサーフ・ロック・バージョン(1962年)をサンプリングしたテクノ・トラックが流れている。

チャオチャオが被っているボブカットのウィッグも『パルプ・フィクション』を連想させる。

「乾杯の歌」(ヴェルディ『椿姫』第1幕より)

映画の冒頭を含むいくつかの場面で、男がジュゼッペ・ヴェルディ作曲のオペラ『椿姫』第1幕の「乾杯の歌」を歌っている。この男を演じているのはジャ監督本人である。

「乾杯の歌」は、2001年当時の中国で各メディアがオリンピック開催決定やWTO加盟のお祝いムードを高めるためによく使っていた曲である。

2001年のニュース映像

この映画の特徴の一つは、2001年の制作期間中の中国のTVニュースが随所に挿入されている点である。これには以下のニュースが含まれている。

  • 天安門焼身自殺事件(2001年1月23日)
  • 石家荘爆発事件(2001年3月16日)
  • 2000年に逮捕された凶悪犯、チャン・ジュン(張君)の取り調べ映像
  • 海南島事件(米中軍用機衝突事件)(2001年4月1日)
  • 2008年夏季オリンピックの北京開催決定(2001年7月13日)
  • 中国のWTO加盟決定(2001年11月10日)
  • 北京と大同を結ぶ高速道路の整備状況

初期三部作について

本作は、ジャ監督の出身地である山西省汾陽(フェンヤン)市を舞台にした2作品、『一瞬の夢』(1997年)、『プラットホーム』(2000年)に続く3作目の長編映画であり、非公式に「故郷三部作」と呼ばれる初期三部作の最終作として扱われることがある。

本作では、ワン・ホンウェイが『一瞬の夢』で演じたシャオ・ウーという人物を再び演じている。

公開

『青の稲妻』は中国政府の検閲を受けないインディペンデント映画として制作されたため、中国国内では正式な上映許可が得られず、非公式な形で流通した。

本作は第55回カンヌ国際映画祭(2002年)のコンペティション部門に正式出品された。

オリジナル・サウンドトラック(日本独自企画盤)

2002年に本作のオリジナル・サウンドトラックが日本独自の企画盤としてロックレコード・ジャパンから発売された。

リッチー・レンの「任逍遥」などの劇中使用曲、劇中のセリフや環境音、ジャ・ジャンクー監督自身が歌う「乾杯の歌」を収録している。

CD-Extra仕様となっており、特典映像として劇場用予告編が収録されている。