概説
『妖婆 死棺の呪い』(ロシア語原題:Вий、ラテン翻字:Viy)は、コンスタンチン・エルショフとゲオルギー・クロパチェフの共同監督による1967年のソ連のホラー・ダークファンタジー映画である。上映時間は約76分。

ニコライ・ゴーゴリの同名の中編小説を原作とし、神学生ホマー・ブルートが撲殺してしまった魔女の亡骸に対し、三夜にわたり祈祷を捧げる顛末を描く。
予算は約5万ソ連ルーブルと低額だったが、特殊効果の多用により視覚的に際立った作品となった。
製作:モスフィルム、芸術創作集団「ルーチ」。
監督:コンスタンチン・エルショフ、ゲオルギー・クロパチェフ(両者にとって長編監督デビュー作)。
脚本:コンスタンチン・エルショフ、ゲオルギー・クロパチェフ、アレクサンドル・プトゥシコ。
原作:ニコライ・ゴーゴリ『ヴィイ』。
撮影:フョードル・プロヴォロフ、ヴィクトル・ピシチャリニコフ。
美術:ニコライ・マールキン。特殊効果・美術監修:アレクサンドル・プトゥシコ。衣装:ローザ・サトゥノフスカヤ。造形:サッラ・モキリ。
音楽:カレン・ハチャトゥリアン。
主要キャスト:レオニード・クラヴリョフ(ホマー・ブルート役)、ナターリヤ・ワルレイ(パンノチカ役、声の吹替はクラーラ・ルミャーノワ)、アレクセイ・グラズィリン(ソートニク(コサック長)役)、ニコライ・クトゥーゾフ(老婆=魔女役)、ヴァディム・ザハルチェンコ(ハリャーヴァ役、ホマーの友人)、ピョートル・ヴェスクリャーロフ(学寮長とドロシュの二役)、ウラジーミル・サルニコフ(ゴロベッツ役、ホマーの友人)ほか。ヴィイ役はサーカスのアクロバット、ニコライ・ステパノフ。
言語:ロシア語。
予告編
ゴーゴリの原作について
1835年にゴーゴリの短編集『ミールゴロド』の第二巻に収録された『ヴィイ』は、ゴーゴリの故郷であるウクライナの民間伝承を着想源とするホラー小説である。18世紀後半から19世紀初頭のウクライナのコサック社会を舞台として、神学生のホマーが魔女の亡骸を三夜祈祷する話を描いている。
ゴーゴリ自身は本作の内容を民間伝承からそのまま採録したものだと述べているが、まぶたが地に垂れ下がり、それを持ち上げなければ何も見えないという地の精霊「ヴィイ」という固有の怪物像そのものは、事実上ゴーゴリの創作に近いとされる。
プロットの概要
キエフの神学校の学生たちが夏休みで帰省する途中、三人の学生が夜の草原で道に迷う。
哲学科の学生のホマー・ブルートは宿を求めた農家で不気味な老婆に襲われる。老婆はホマーの背中にまたがり、ホマーとともに夜空を飛び回る。
ホマーは老婆を棒で激しく殴りつける。老婆は美しい若い娘の姿に変わる。
ホマーは神学校に逃げ帰る。学寮長はホマーに、富裕なソートニク(コサック長)が死の床にある娘パンノチカのために臨終の祈りを捧げる人物としてホマーを指名したことを告げ、ホマーにコサックのフートル(農場集落)に行くことを命じる。
コサックたちによってフートルに連れてこられたホマーは、死んだパンノチカが自分が打ち据えた魔女だったことを知る。
ホマーは三夜にわたって教会に閉じ込められ、棺に納められたパンノチカの亡骸の前で祈祷を行う。ホマーは床にチョークで「聖なる円」を描いて結界に立てこもるが、パンノチカの亡骸は棺から起き上がり、様々な怪異を呼び寄せてホマーを苦しめる。
三夜目、パンノチカはヴィイと呼ばれる巨躯の怪物を召喚する。
解説
制作の経緯・背景
本作の企画はモスフィルム所長イワン・ピリエフの発案による。ピリエフは映画人同盟高等監督コースの学生であったコンスタンチン・エルショフとゲオルギー・クロパチェフに監督を委ねた。両者を推薦したのは同コースの責任者レオニード・トラウベルクである。
長年にわたり特撮・幻想映画を手がけてきたアレクサンドル・プトゥシコが製作に招聘され、共同脚本、美術監督、特殊効果監督として途中参加し、実質的な制作の中核を担った。
当時のソ連映画界では、無神論のイデオロギーによって超自然・宗教的主題を扱う作品は反動的・ブルジョワ的なものとして警戒され、ホラーというジャンル自体がほぼ黙殺されていた。本作がこの制約を回避できたのは、ゴーゴリの正典的な文学作品に基づく「民話の映像化」という枠組みによるところが大きい。
撮影場所・ロケーション
野外撮影の主要地はウクライナである。神学校の場面はチェルニーヒウのエレツキー修道院で、教会の場面はイヴァノ=フランキーウシク州ゴロホルィン・リス村の聖母被昇天教会(2006年焼失)、チェルニーヒウ州セドニェフの聖ゲオルギウス教会などで撮影された。
屋内場面および教会内での特撮を伴う場面の大部分は、モスクワのモスフィルムのスタジオで撮影された。
構成
本作は、前半の牧歌的・喜劇的な場面と、後半の教会内での密度の高い怪奇描写とで、語り口が大きく異なる構成を持つ。この落差は、二人の若い監督による撮影と、途中からのプトゥシコによる大幅な介入という製作過程そのものを反映したものであり、作品の構造上の特徴となっている。
撮影技法
プトゥシコが持ち込んだ手法として、ストップモーション・アニメーション、操演、着ぐるみ、逆回転、多重露光、遠近法を利用したミニチュア合成などが挙げられる。
教会内の怪物出現シーンは約10分に及び、飛行する棺桶、壁や床から這い出る骸骨や魔物たち、巨躯の怪物(ヴィイ)などが登場する。
ホマーが教会で「聖なる円」を描いて結界に立てこもる場面では、360度のカメラ回転が効果を上げている。
ワルレイが宙に浮く棺の中で演じる一連の身体的アクションは、彼女がサーカスの空中ブランコ出身であった経歴に基づく実演である。
ヴィイの登場場面では、樹脂を浸み込ませたズック布、石膏製の腕、蝶番で開閉する瞼、反射素材のガラス玉の目を用いた特殊衣装が使用された。衣装は重量があったため、演者には体力に優れたサーカスのアクロバットが起用された。
『ヴィイ』の映像化作品について
ゴーゴリの『ヴィイ』の映像化としては、1909年のヴァシーリー・ゴンチャロフ監督による短編が最初とされるが、この作品は1912年、1916年になされたとされる別の映像化とともに現存が確認されていない。したがって本作は、後述するマリオ・バーヴァ監督のイタリア映画『血ぬられた墓標』(1960年)を除外すれば、現存する最古の『ヴィイ』の映画化作品ということになる。
『血ぬられた墓標』はゴーゴリの『ヴィイ』を原作としてクレジットしているが、実際の物語は17世紀モルダヴィアの魔女アーサの処刑とその復讐という、ほぼ独自の翻案である。これに対して本作はゴーゴリの原作にほぼ忠実な脚色となっており、視覚効果の強調と怪物描写の拡張が特徴である。
2014年に製作されたオレグ・ステプチェンコ監督によるロシア・ウクライナ合作の3D映画『レジェンド・オブ・ヴィー 妖怪村と秘密の棺(Viy)』(国際タイトル:Forbidden Empire)は、ゴーゴリの『ヴィイ』をベースにした大幅な翻案である。
上記以外にも、セルビア(旧ユーゴスラビア)映画『聖地(Sveto mesto)』(英語タイトル:A Holy Place、1990年)、ロシア映画『魔女(ヴェージマ)』(英語タイトル:The Power of Fear、2006年)、韓国映画『魔女の棺(マニョエ・クアン)』(英語タイトル:Evil Spirit; VIY、2008年)など、複数の翻案が存在する。
公開
ソ連国内でのプレミアは1967年11月27日。1968年のソ連国内配給収入上位作品の一つとなり、観客動員数は約3260万人に達した。
評価・受容
西側での本作の認知は、冷戦下の配給制約により当初限定的なものにとどまったが、その後ホームビデオおよびデジタル復元を通じて再評価が進んだ。本作は『死ぬまでに観たい映画1001本(1001 Movies You Must See Before You Die)』でも取り上げられ、旧ソ連で公式に製作された唯一のホラー映画としてカルト的な評価を保っている。
ホームメディア
2001年、アメリカのイメージ・エンターテインメントがRUSCICO(Russian Cinema Council)制作のDVDを配給した。
2019年、アメリカのセヴリン・フィルムズが本作を北米向けにブルーレイ化した。
イギリスでは2021年にユーレカ・エンターテインメントが「Masters of Cinema」シリーズの一つとして本作をブルーレイとして発売した。
日本国内では1980年代に『魔女伝説・ヴィー』というタイトルでVHS版が発売され、その後、アイ・ヴィー・シーが『妖婆 死棺の呪い』というタイトルで2002年にDVDを、2018年にブルーレイを発売した。
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あらすじ(ネタバレあり)
キエフの神学校(ブルサ)は夏期休暇に入り、哲学科の学生のホマー・ブルートは友人のハリャーヴァ、ゴロベッツとともに帰省の途につくが、夜の草原で道に迷う。
三人は一軒の農家にたどり着き、宿を求める。応対した老婆はホマーを納屋に泊まらせる。老婆はホマーに誘惑を仕掛けるがホマーは拒絶する。老婆はホマーに催眠をかけ、その背に馬乗りとなって夜空を飛翔する。
ホマーはキリストの名を唱えて祈り、老婆を地に降ろさせると、棒で激しく打ち据える。すると老婆は美しい若い娘の姿に変わる。
恐怖に駆られたホマーは神学校に逃げ帰る。学寮長は、ある富裕なソートニク(コサック長)の娘パンノチカが死の床にあり、ホマーによる祈祷を強く望んでいると告げ、ホマーにコサックのフートル(農場集落)に行くことを命じる。
ホマーはコサックたちによってフートルに連れてこられる。ホマーがフートルに到着したときにはパンノチカはすでに息を引き取っており、ホマーはその亡骸が自分が打ち据えた魔女だったことに気づく。
ソートニクはホマーに、三夜にわたってパンノチカの亡骸のかたわらで祈祷を続けるように命じる。
葬儀の後、コサックのドロシュはホマーに、かつてパンノチカに魅入られ、彼女を「馬のように背負って走った」猟師ミキータの顛末を語る。
一夜目。ホマーはパンノチカの棺が安置された教会に閉じ込められる。ホマーは祈祷を始める。パンノチカの死体が棺から起き上がり、ホマーに迫るが、ホマーは床にチョークで「聖なる円」を描いて結界を作り、身を守る。
翌日、ホマーは自分を鼓舞するために「コサックは何も恐れない!」と何度も自分に言い聞かせ、恐怖を振り払うためにウォッカを飲み、コサック民謡風の勇壮な歌を歌う。
二夜目。棺が空中に浮遊し、棺に乗った魔女がホマーに襲いかかるがホマーは結界に立てこもる。
翌日、ホマーの頭髪は恐怖のために総白髪になっている。ホマーはフートルの広場で笛の音に合わせてコサックダンス(ゴパーク)を踊る。
ホマーはソートニクに事の次第を訴え、祈祷を止めたいと訴えるが、ソートニクはホマーに、祈祷を拒めば千回の鞭打ちを、遂行すれば千枚の金貨を与えると告げる。
ホマーはフートルから逃亡しようとするが、コサックたちに阻まれ、フートルに連れ戻される。
三夜目、酔ったホマーは再び結界の輪を描き、祈祷を始める。パンノチカは「お前を呪う! コウモリの翼で! 蛇の血で! お前を呪う!」と叫びながら無数の魔物たちを呼び寄せる。
パンノチカが召喚した巨躯の怪物ヴィイが邪眼を見開いてホマーを指差す。魔物たちは結界を突破してホマーに襲いかかり、ホマーは絶命する。パンノチカは老婆の姿に戻って棺に横たわる。
神学校でホマーの二人の友人がホマーの死について話す場面で映画は終わる。ハリャーヴァは「キエフの女どもはみんな魔女だって言うぜ」と言う。
