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君の名前で僕を呼んで(2017年)

概説

『君の名前で僕を呼んで』(原題:Call Me by Your Name、イタリア語タイトル:Chiamami col tuo nome)は、ルカ・グァダニーノ監督による2017年の恋愛ドラマ映画である。アンドレ・アシマンの2007年の同名小説が原作。脚本はジェームズ・アイヴォリー。上映時間は132分。イタリア・アメリカ・フランス・ブラジルの合作。

1983年の北イタリアを舞台に、17歳のフランス系イタリア人のユダヤ人少年エリオ・パールマンと、父の考古学研究を手伝うために滞在する24歳のアメリカ人大学院生オリヴァーとの間に生まれる恋愛関係を描いている。

グァダニーノが「欲望(Desire)三部作」と呼ぶ連作の第三作かつ最終作であり、前二作の『ミラノ、愛に生きる(Io sono l’amore)』(2009年)、『胸騒ぎのシチリア(A Bigger Splash)』(2015年)に続く作品である。

製作:ピーター・スピアーズ、ルカ・グァダニーノ、エミリー・ジョルジュ、ロドリゴ・テイシェイラ、マルコ・モラビト、ジェームズ・アイヴォリー、ハワード・ローゼンマン。

製作会社:フレネジー・フィルム・カンパニー、ラ・シネファクチュール、RTフィーチャーズ、M.Y.R.A.エンタテインメント、ウォーターズ・エンド・プロダクションズ。

配給:ソニー・ピクチャーズ・クラシックス(世界配給)、ワーナー・ブラザース(イタリア国内配給)。

撮影監督:サヨムプー・ムックディープローム。

編集:ウォルター・ファザーノ。

音楽監修:ルカ・グァダニーノ(オリジナル曲3曲をスフィアン・スティーヴンスが提供)。

主要キャスト:ティモシー・シャラメ(エリオ・パールマン)、アーミー・ハマー(オリヴァー)、マイケル・スタールバーグ(パールマン氏)、アミラ・カサール(アネラ・パールマン)、エステール・ガレル(マルツィア)、ヴィクトワール・デュ・ボワ(キアラ)。

言語:英語、イタリア語、フランス語(作中ではドイツ語の一節も引用される)。

製作費:350万ドル。全世界興行収入:約4300万ドル。

予告編

プロットの概要

1983年夏。北イタリアの田園地帯で両親と暮らす17歳のエリオ・パールマンは、読書とピアノ演奏、幼なじみのマルツィアやキアラとの交流に日々を費やしていた。

24歳のアメリカ人大学院生オリヴァーが、考古学教授である父の研究助手としてパールマン家に滞在する。

エリオとオリヴァーは次第に距離を縮め、街への外出や父の考古学調査への同行をともにするようになる。エリオはオリヴァーへの感情を自覚し、やがて告白する。二人は初めて口づけを交わすが、オリヴァーは一線を越えることをためらい、その後数日間、二人は互いに口をきかなくなる。

沈黙を破ったエリオの手紙をきっかけに、二人は深夜に会う約束をし、初めて肉体関係を結ぶ。オリヴァーはエリオに「君の名前で僕を呼んで、僕は君の名前で君を呼ぶから(Call me by your name and I’ll call you by mine)」と告げる。

オリヴァーの滞在期限が近づくと、エリオの母は父に、旅立ち前の数日間をオリヴァーとエリオの二人で過ごさせるよう提案し、二人はベルガモへの小旅行に出る。

三日間の旅の後、オリヴァーはアメリカへ帰国する。喪失感に打ちひしがれるエリオに対し、父は二人が育んだ絆の稀有さについて語り、心を閉ざさず生きるようにと諭す。

同年末、婚約を知らせる電話をかけてきたオリヴァーとの会話の後、エリオは暖炉の火を見つめながら涙を流す。

解説

制作の経緯・背景

本作の製作は2007年、プロデューサーのピーター・スピアーズとハワード・ローゼンマンがアシマンの小説のゲラ刷りを読み、刊行前に映像化権を取得したことに始まる。二人は友人であったジェームズ・アイヴォリーを製作総指揮として迎え、2008年に製作を開始。ガブリエレ・ムッチーノ、フェルザン・オズペテク、サム・テイラー=ジョンソンら複数の監督・脚本家候補との交渉が試みられたが、いずれも実現には至らなかった。

プロデューサー陣が第一候補として接触したグァダニーノは当初多忙を理由に監督を固辞し、北イタリア在住であることからロケーション・コンサルタントとして参加した。後にアイヴォリーとの共同監督が提案されたが正式な契約には至らず、アイヴォリーは自らが脚本を執筆することを条件に共同監督を引き受け、約9か月をかけて脚本を執筆した。

資金調達には仏ラ・シネファクチュール、伊フレネジー・フィルム・カンパニー(グァダニーノ自身の製作会社)、米M.Y.R.A.エンタテインメント、伯RTフィーチャーズ、米ウォーターズ・エンド・プロダクションズが参加し、イタリア文化遺産・活動観光省の支援も受けた。

2016年、アイヴォリーは監督から降板し、グァダニーノが単独で監督することになった。アイヴォリーによれば、配給元のメメント・フィルムズ・インターナショナルが「共同監督は現場での対立などが懸念され、扱いにくい」と判断したためであるという。

原作からの主な変更点として、原作が回想形式でエリオの視点から語られるのに対し、映画は物語をすべて1983年の「現在」として描いている点が挙げられる。舞台は原作のボルディゲーラ(リグーリア州)からグァダニーノの居住地であるクレマ近郊の田園地帯に変更され、出来事の年も原作の1987年から1983年に変更された。

グァダニーノは脚本改訂の過程で、原作にあったナレーションのほぼすべてと、多くの裸体描写を削除した。

原作終盤でエリオとオリヴァーが訪れるローマ旅行の場面(原作では一章を割いて描かれる)は予算上の制約から改変され、最終的にベルガモへの小旅行として描かれることになった。

原作にあったパールマン氏とエリオの母アネラのHIV/エイズに関する対話や、ラストのクリスマスツリー装飾の場面も映画では省かれている。

撮影技法

撮影は35mmフィルムで行われ、単一レンズのみが使用された。この選択はデイヴィッド・クローネンバーグの作品に影響を受けたもので、視点の一貫性を強め、演者の緊張感をスクリーンに直接反映させることを意図している。

撮影は物語の時系列に沿って進行し、これにより登場人物と演者双方の変化を撮影順序の中に定着させることが図られた。

撮影期間中は33日間中28日間で降雨に見舞われるという異例の天候不順が続き、撮影監督のムックディープロームは北イタリアの夏の光を再現するために人工照明での補正を強いられた。

エリオがオリヴァーへの想いを告げる、パンディーノのヴィットーリオ・エマヌエーレ広場(第一次大戦戦没者記念碑前)での場面は、長いドリー・トラックを敷いて一連のロング・テイクで撮影されており、カットを介さない「感情の流れ」を確保することが意図された。

パールマン氏がエリオに語りかける長い独白場面は撮影終盤に撮られ、グァダニーノはテイク数を絞り、俳優の演技に委ねる形でできる限り簡潔な演出を心がけたという。

エリオとオリヴァーが最後にキスを交わす庭の場面など、性的な場面における裸体表現は、俳優(シャラメ、ハマー)が全裸描写を禁じる契約条項を結んでいたこともあり、カメラを窓の外の木々へパンさせるなど、直接的な描写を避ける形で処理されている。この処理についてアイヴォリーは、自身の監督作『モーリス』(1987年)に見られるような、裸体を隠さない演出のほうが自然であると公に異論を述べている。

撮影場所・ロケーション

撮影は主にロンバルディア州クレモナ県のクレマおよびその周辺で行われた。パールマン家の邸宅として使用されたのは、モスカッツァーノ村にある無人の17世紀の館ヴィッラ・アルベルゴーニである。

劇中に登場するプールは、この地方で一般的な家畜用の水飲み場を模して設計されたものである。

クレマ大聖堂前広場(ドゥオモ広場)とその鐘楼トッラッツォのアーチも主要な撮影地の一つで、周辺街路とあわせて撮影に用いられた。

考古学的発掘の場面はブレーシャ県シルミオーネ、ガルダ湖畔のカトゥルスの洞窟遺跡で撮影されている。

ベルガモへの小旅行の場面は、ベルガモ大聖堂、サンタ・マリア・マッジョーレ教会、リチェオ・クラッシコ・パオロ・サルピの中庭(ロザーテ広場)、ベルガモ科学文学芸術アカデミーの外観など、複数の史跡外観で撮影された。

ベルガモ滞在中に二人が山道を登り滝を訪れる場面はセリオ滝(ヴァルボンディオーネ)で撮影された。

物語終盤の駅の場面はピッツィゲットーネ駅で撮影されている。

このほかパンディーノ、モントディーネ、リパルタ・クレマスカ、ロディ県クレスピアーティカ近郊などでも撮影が行われている。

映画としての特徴

グァダニーノは本作のアプローチを「軽やかで単純」なものと表現しており、これは同時期までの自作に見られた「様式化され幻惑的」との評とは対照的な方向性である。グァダニーノは本作を「私の人生の父たち――実の父、そして映画の父たち」への献辞であると位置づけ、ジャン・ルノワール、ジャック・リヴェット、エリック・ロメール、ベルナルド・ベルトルッチからの影響を挙げている。特にモーリス・ピアラ監督の『愛の記念に(À nos amours)』(1983年)は、対立や悲劇の構図に頼らず、二人の人物を「その瞬間の中に」捉える語りの手本として言及されている。

グァダニーノは従来の青春映画にありがちな、恋愛関係の対立や二者択一によって成長を描く図式的な構成を避けようとした。性描写についても、性行為そのものを直接的に見せることには関心がなく、「観客が完全にこの二人の感情の旅路に身をゆだね、初めての恋を追体験すること」を狙いとしたと述べている。

アシマンの小説ではユダヤ人としてのアイデンティティが主題の一つとなっているが、この主題は映画版にも継承されている。エリオは公然とユダヤ人であることを表明するオリヴァーとの接触を通じて、自らのユダヤ性への向き合い方を変えていく。

性的な自己発見の主題とユダヤ的アイデンティティの主題は並行して描かれ、いずれもオリヴァーとの関わりを通じて秘匿から自己受容へと変化していく構造をとる。オリヴァーが身につけるダビデの星のネックレスはこの主題を視覚的に表す装置である。

衣装デザイナーのジュリア・ピエルサンティは時代考証にもとづく衣装を意図的に避け、「無頓着な思春期の官能性、夏の暑さ、性的な目覚めの感覚」を志向したという。参照元としてエリック・ロメールの『海辺のポーリーヌ』(1983年)、『春のソナタ』(1990年)、『夏物語』(1996年)の衣装が挙げられている。

配役はセクシュアリティではなく演技力と俳優間の相性にもとづいて行われたとグァダニーノは述べている。

原作者アシマンとプロデューサーのスピアーズはそれぞれ、パーティー客であるゲイのカップル、ムニールとアイザックとしてカメオ出演している。

公開

世界初上映は2017年1月22日、サンダンス映画祭にて行われた。同年2月13日にベルリン国際映画祭、9月7日にトロント国際映画祭、10月3日にニューヨーク映画祭で上映された。

アメリカでは2017年11月24日にニューヨークとロサンゼルスの計4館で限定公開を開始し、以後段階的に拡大、2018年1月19日にアカデミー賞ノミネート発表直前のタイミングで815館の広域公開に移行した。イギリスでは2017年10月27日に限定公開。イタリアでは2018年1月25日、配給元ワーナー・ブラザースのもとで劇場公開された。

北京国際映画祭では2018年4月の上映が予定されていたが、説明のないまま公式プログラムから除外された。『ハリウッド・リポーター』誌はこれを、同性愛を扱った内容に対する中国政府の一貫した不寛容な姿勢を反映するものと論じている。

評価

本作は一般的には、同性愛を特別視せずに自然なものとして描いた美しい恋愛映画として評価されている。

Rotten Tomatoesでは363件のレビューに基づき支持率95%、平均評点8.8/10を記録し、総評として「メランコリックかつ強い説得力を持つ、初恋の肖像」「シャラメとハマーが共感を誘う演技を見せる」とまとめられている。Metacriticでは53件のレビューに基づき加重平均94/100の「universal acclaim(絶賛)」の評価を得た。

多くの批評家が2017年の年間ベスト作品として本作を選出しており、『ロサンゼルス・タイムズ』のジャスティン・チャン、『ハリウッド・リポーター』のデイヴィッド・ルーニー、『インディワイア』のデイヴィッド・エールリッヒらは1位に、『ヴァラエティ』誌のピーター・デブルージュは、本作が「同性同士の恋愛という枠組みを超越した初恋の物語」として「ゲイ映画の正典を前進させる」と評し、その官能的な演出をペドロ・アルモドバルやフランソワ・オゾンになぞらえた。

一方で批判的評価も存在する。本作の弱点は、同性愛の表象が中産階級的で社会的文脈や階級意識が希薄である点と、観光的な風景描写への依存度が高い点である。

『アウト』誌のアーモンド・ホワイトは本作を「臆面もない商業主義」であり「クィアの観客の恋愛願望を商品化し歪めた、超ブルジョワ的な幻想」であると批判した。

2025年、『ニューヨーク・タイムズ』紙の「21世紀のベスト映画100本」で第37位、『ローリング・ストーン』誌の同種の企画では第56位にランクインしている。

第90回アカデミー賞では作品賞、主演男優賞(シャラメ)、歌曲賞(「Mystery of Love」)にノミネートされ、脚色賞を受賞した。

英国アカデミー賞では作品賞・監督賞を含む4部門にノミネートされ、脚色賞(アイヴォリー)を受賞。

インディペンデント・スピリット賞では主演男優賞(シャラメ)と撮影賞(ムックディープローム)を受賞している。

イタリアのナストロ・ダルジェント賞、ゴールデン・チャック賞では編集賞(ファザーノ)を受賞した。

サウンドトラック

サウンドトラック・アルバムは2017年11月3日にデジタル配信、同月17日に物理メディアで発売された。全17曲、収録時間71分08秒。音楽選定はグァダニーノ自身が手がけ、ピアノを弾く音楽好きの少年であるエリオという人物像を反映させるとともに、その夏に地元ラジオ局で実際に流れていたポップ・ソングも参照して構成された。

使用楽曲

  • Hallelujah Junction – 1st Movement(ジョン・アダムズ):現代ミニマル音楽の作曲家アダムズによる2台ピアノのための作品からの楽章。
  • M.A.Y. in the Backyard(坂本龍一):坂本龍一によるピアノ曲。
  • J’adore Venise(ロレダーナ・ベルテ):1980年代イタリアのポップ歌手による楽曲。
  • Paris latino(バンドレロ):1983年のフレンチ・ディスコのヒット曲。
  • Sonatine bureaucratique(エリック・サティ、フランク・グレイザー演奏):サティのピアノ独奏曲。
  • Zion hört die Wächter singen(BWV 140「目覚めよと呼ぶ声あり」より、J・S・バッハ、アレッシオ・バックス演奏):バッハのカンタータの旋律にもとづくピアノ編曲。
  • Lady Lady Lady(ジョルジオ・モロダー&ジョー・エスポジート):モロダーによる1980年代のシンセポップ楽曲。
  • Une barque sur l’océan(組曲『鏡』より、モーリス・ラヴェル、アンドレ・ラプラント演奏):ラヴェルのピアノ曲。
  • Futile Devices(Doveman Remix)(スフィアン・スティーヴンス):スティーヴンスの2010年作『The Age of Adz』収録曲のダヴマンによるリミックス。
  • Germination(坂本龍一):坂本龍一によるもう一つのピアノ曲。
  • Words(F.R.デイヴィッド):1980年代のフレンチ・ポップ歌手による楽曲。
  • È la vita(マルコ・アルマーニ):イタリアのポップ歌手による楽曲。
  • Mystery of Love(スフィアン・スティーヴンス):本作のために書き下ろされたオリジナル曲の一つ。第90回アカデミー賞歌曲賞にノミネートされた。
  • Radio Varsavia(フランコ・バッティアート):イタリアの作曲家・歌手バッティアートによる楽曲。
  • Love My Way(ザ・サイケデリック・ファーズ):1982年のニュー・ウェイヴのアンセム。グァダニーノ自身が17歳の頃に強い影響を受けた楽曲として選定を語っている。ダンスの場面で使用されている。
  • Le jardin féerique(組曲『マ・メール・ロワ』より、モーリス・ラヴェル、ヴァレリア・セルヴァンスキー&ロナルド・カヴァイエ演奏):ラヴェルの連弾曲。
  • Visions of Gideon(スフィアン・スティーヴンス):本作のために書き下ろされたもう一つのオリジナル曲。ラストシーンで使用されている。

なお、劇中ではこのほかにジョルジオ・モロダー関連のディスコ音楽やイタリアン・ポップが背景音楽として断片的に流れる場面がある。

批判

本作にはエリオ(17歳)とオリヴァー(24歳)の年齢差のある性的関係が描かれており、この点は特にアメリカ合衆国において、同国における性的同意年齢がイタリアより高い州が多いことを背景に議論を呼んだ。撮影時、シャラメは20歳、ハマーは30歳であった。

『クィア・アイ』の司会者カラモ・ブラウンは本作を性的暴行を美化するものであると批判し、「成人男性が幼い少年と性行為をしているように見える」と述べた。

作家シェイエン・モンゴメリーは、エリオが桃の産毛を剃る、両親に甘えるなど「非常に子どもらしく」描かれている一方、その相手が明確に「大人」として描かれていることに不快感を表明した。

精神科医のルネ・ソレンティーノとジャック・ターバンは『サイキアトリック・タイムズ』誌への寄稿で、本作を「性的捕食についての映画」と評し、力関係の不均衡や、酩酊し嘔吐した17歳と経験豊富な24歳との性行為の是非を問う論考を発表した。

一方、LGBT向け雑誌『ジ・アドヴォケート』は、『風と共に去りぬ』におけるスカーレットと33歳のレット・バトラーの関係など、同様あるいはより大きな年齢差を持つ異性愛関係を描いた作品が同種の批判にさらされてこなかった点を指摘し、対比的な議論を提起した。

公開時の宣伝手法も物議を醸した。ソニー・ピクチャーズが用いた広告の一部が、エリオとオリヴァーの関係ではなく、シャラメとガレル(マルツィア役)の写真を前面に出した構成であったため、『ゲイ・タイムズ』のダニエル・メガリーはこれを本作の「同性愛という主題を『straight-wash(異性愛的に糊塗)』する試み」であると評し、『ガーディアン』紙のベンジャミン・リーも「クィア性をぎこちなく否定する業界の姿勢を露呈する、破滅的な宣伝の試み」と批判した。

ホームメディア

本作は2018年2月27日にデジタル配信によるダウンロード販売を開始し、同年3月13日にブルーレイおよびDVDが発売された(アメリカ)。

アメリカでのホームメディアの総売上は約400万規模ドルに達した。イギリスではDVD・ブルーレイ売上チャートでそれぞれ7位・4位を記録した。

日本では2018年9月21日にブルーレイとDVDが発売されている。

その他の特記事項

クレマの街は、あるイタリア人ファンがロケ地の座標を公開したことをきっかけに、本作のファンによる「聖地巡礼」の対象となり、その後公式のツアーが組まれるようになった。

中国では、本作は異性愛女性層を中心に「ボーイズラブ」的な西洋の恋愛物語として受容され、動画・レビューサイト「豆瓣(Douban)」上で人気を博した。

検索リンク

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あらすじ(ネタバレあり)

1983年夏、北イタリアの田園地帯にある邸宅で、17歳のエリオ・パールマンは考古学教授の父、母アネラとともに毎年恒例の夏を過ごしている。

エリオはフランス語・イタリア語・英語の三言語を話し、ピアノや作曲を趣味とする内省的な少年である。

父の研究助手として、24歳のアメリカ人大学院生オリヴァーが一夏だけ邸宅に滞在することになる。

自信に満ち、屈託のない様子のオリヴァーに対し、エリオは当初あまり共通点を見出せずにいる。バレーボールの試合中、オリヴァーがエリオの背に触れる場面があるが、エリオはさりげなくかわす。一方でエリオは、オリヴァーが幼なじみのキアラと口づけを交わす場面を目にし、嫉妬を覚える。

エリオとオリヴァーは次第に距離を縮め、自転車で街に出かけたり、父の考古学調査に同行したりするようになる。ある調査旅行の際、二人は湖畔の遺跡で青銅像の引き揚げに立ち会う。エリオはオリヴァーへの想いを募らせ、彼の部屋に忍び込んでその衣服の匂いを嗅ぐまでになる。

エリオはついにオリヴァーに自らの感情を告白するが、オリヴァーは「そのような話はできない」と拒む。その後、人目につかない場所で二人は初めて口づけを交わす。しかしオリヴァーはそれ以上関係を進めることをためらい、二人はしばらくの間、互いに口をきかなくなる。

その間、エリオはマルツィアとデートし、二人は関係を持つ。エリオは沈黙を破るためオリヴァーに書き置きを残し、オリヴァーは深夜零時に会おうと返す。エリオはそれに応じ、二人は初めて肉体関係を結ぶ。事後、オリヴァーはエリオに「君の名前で僕を呼んで、僕は君の名前で君を呼ぶから」と告げる。

翌朝、エリオは自らの中の葛藤を抱えたまま、桃を用いて自慰行為に及び、オリヴァーはそれに気づく。エリオは残された時間の少なさを思って涙を流す。

数日間連絡を絶っていたエリオに対し、マルツィアは苛立ちをぶつけるが、エリオは素っ気ない態度を取り、彼女を傷つける。

オリヴァーの帰国が近づくと、エリオの母アネラは父に「二人でしばらく旅行に出るのもいいのではないか」と提案し、これを受けてエリオとオリヴァーはベルガモで三日間、ホテルの一室でほぼ二人きりの時間を過ごす。

旅を終えたオリヴァーとの別れの後、悲嘆に暮れたエリオは母に電話をかけ、駅まで迎えに来て家まで送ってほしいと頼む。

マルツィアはエリオの心情に理解を示し、友人として関係を続けたいと伝える。

エリオの父は悲しみに沈む息子に対して、オリヴァーとの間に育んだ絆がいかに稀有なものであったかを語る。父はエリオに、その痛みから心を閉ざすのではなく、より多くの喜びと経験に向けて心を開き続けるようにと諭す。

その年の暮れ、ハヌカー(ユダヤ教の祭り)の時期に、オリヴァーはパールマン家に電話をかけ、数年来交際していた女性との婚約を報告する。エリオはオリヴァー自身の名前(オリヴァー)で彼を呼び、オリヴァーはエリオの名前(エリオ)で彼を呼び返し、「すべてを覚えている」と告げる。電話を終えたエリオは暖炉の前に座り、両親と使用人が夕食の準備を進める中、炎を見つめながら涙を流す(この場面で本作のタイトルが初めて画面に示される)。