概説
『幕間; 家具の音楽; 猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ; ヴェクサシオン(Entracte; Musique D’Ameublement; Sonnerie Pour Réveiller Le Roi Des Singes; Vexations)』は、フランスの作曲家、エリック・サティが作曲した小品6曲を収録した作品集である。1981年にフランスのレーベル、エラート(Erato)からLPとして発売された。
収録曲は、映画『幕間(Entr’acte)』のための音楽「シネマ」(バレエ『本日休演(Relâche)』より)、2本のトランペットのための小品「猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ」、通称《家具の音楽》として知られる3つの管弦楽小品、単一のフレーズを840回反復するよう指示された特異な鍵盤曲「ヴェクサシオン」である。「ヴェクサシオン」は20代半ばの初期作品、それ以外はサティの晩年の作品である。
指揮はマリウス・コンスタン、演奏はアンサンブル・アルス・ノヴァ(A1、B1〜B3)。「ヴェクサシオン」はピアニストのミシェル・ダルベルトによる独奏(B4)。「ファンファーレ」はトランペット奏者ベルナール・ジャヌトとピエール・ティボーによる二重奏(A2)。

作曲者の略歴
エリック・サティ(Erik Satie、1866–1925)は、ノルマンディー地方オンフルール生まれのフランスの作曲家である。パリ音楽院で正規の音楽教育を受けたが早々に離れ、モンマルトルのキャバレー「シャ・ノワール」などでピアノ弾きとして生計を立てながら独自の作曲活動を始めた。《3つのジムノペディ》(1888年)や《グノシエンヌ》で知られる一方、40代でスコラ・カントルムに再入学して対位法を学び直すなど、生涯を通じて自らの語法を刷新し続けた。1910年代以降はジャン・コクトー、パブロ・ピカソ、フランシス・ピカビアら前衛芸術家と交流し、バレエ『パラード』(1917年)や『本日休演』(1924年)などの舞台作品を手がけた。反ワーグナー主義的な簡潔さ、諧謔、反復への嗜好は、ダダイスムやのちのミニマル・ミュージック、アンビエント・ミュージックに至るまで、20世紀音楽の複数の潮流に先駆的な影響を及ぼした。1925年、パリで没した。
収録曲
A1: 『本日休演』の音楽「シネマ」 – 18:10
A2: 猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ – 1:00
B1: 県知事私室の壁紙 – 6:00
B2: 錬鉄の綴れ織り – 3:02
B3: 音のタイル張り舗道 – 2:26
B4: ヴェクサシオン – 9:40
楽器編成
- 「シネマ」(A1): 管弦楽(アンサンブル・アルス・ノヴァ)
- 「猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ」(A2): トランペット2本
- 《家具の音楽》3曲(B1〜B3): 小編成のアンサンブル(アンサンブル・アルス・ノヴァ)
- 「ヴェクサシオン」(B4): ピアノ独奏
演奏者について
本盤は、指揮者マリウス・コンスタン(1925–2004)と、コンスタンが1963年に創設した現代音楽専門のアンサンブル、アルス・ノヴァによる演奏を中心に構成されている。
コンスタンはルーマニア出身でパリ音楽院に学び、フランス放送局(ORTF)の音楽制作部門やパリ・オペラ座の音楽監督を歴任した指揮者・作曲家で、20世紀音楽のレパートリーに精通していた。
ピアノ独奏の「ヴェクサシオン」を担当したミシェル・ダルベルト(1955年生)は、1975年にクララ・ハスキル賞、1978年にリーズ国際ピアノコンクールで優勝した、当時まだ20代半ばの若手ピアニストであった。
「ファンファーレ」のトランペット奏者ベルナール・ジャヌトとピエール・ティボーは、いずれもフランスの管楽器演奏の重鎮である。
録音は1980年2月、パリのノートル=ダム=デュ=リバン教会で行われた。
解説
楽曲の特徴
本作に収められた楽曲は作曲年代・編成・成立経緯がそれぞれ異なるが、共通するのはサティに一貫する「反復」と「非表出性」への志向である。
「シネマ」は無声映画の視覚的断片性に対応する短いモチーフの反復的積層によって構成され、《家具の音楽》は同一パターンの単調な繰り返しによって聴取の「背景化」を意図し、「ヴェクサシオン」はその志向を極限まで推し進めた、単一動機の大量反復という形式そのものを主題化した作品である。
「ファンファーレ」は例外的に短い機会音楽だが、誇張された標題と裏腹の簡潔な音楽内容という、サティ特有の諧謔精神を体現している。
全体として、19世紀的な劇的構成や有機的発展を退け、断片・反復・引用を組み合わせる姿勢が顕著である。
《家具の音楽》について
《家具の音楽》(Musique d’ameublement)は、サティが1917年から1923年にかけて異なる目的のために作曲した以下の楽曲群に事後的に与えられた総称である。
1. 「家具の音楽」のコンセプトの最初の具体化(1917年)
- 錬鉄の綴れ織り(Tapisserie en fer forgé)
- 音のタイル張り舗道(Carrelage phonique)
2. マックス・ジャコブの戯曲のための幕間音楽(1920年)
- ビストロにて(Chez un “Bistrot”)
- サロン(Un salon)
この2曲は詩人マックス・ジャコブの戯曲「Ruffian toujours, truand jamais」(いつもならず者、決して悪党ではない)のための幕間音楽として作曲され、1920年にバルバザンジュ画廊で同戯曲の上演時に初演されたが、楽譜が長らく所在不明となり、再発見・出版されたのは1990年代末である。本アルバムの制作時点(1980年録音)ではこの2曲は未知の状態であったため、本アルバムには収録されていない。
3. ユージン・メイヤー・ジュニア夫人のための委嘱音楽(1923年)
- 県知事私室の壁紙(Tenture de cabinet préfectoral)
各曲の解説
A1. シネマ(Cinéma)
「シネマ」は、フランシス・ピカビアが台本を書き、ジャン・ボルランが振付、ロルフ・ド・マレが制作したバレエ・シュエドワ(スウェーデン・バレエ団)の作品『本日休演』(1924年12月4日、シャンゼリゼ劇場初演)の幕間に上映されたルネ・クレール監督の短編映画『幕間』のために作曲された音楽である。
断片的な旋律動機が管弦楽によって繰り返され、映画の非連続的なモンタージュに呼応するかたちで、次々と異なる響きの層が現れては消える。劇的なクライマックスを持たず、均質な運動感が持続する点に、サティの映画音楽としての実験性が表れている。
A2. (いつも片目を開けて眠る)見事に肥った猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ(Sonnerie pour réveiller le bon gros Roi des Singes (lequel ne dort toujours que d’un œil))
イギリスの新興音楽誌『ファンファーレ:ア・ミュージカル・コーズリー』の企画に応じて1921年に作曲された、2本のトランペットのための1分程度の小品。
奇妙で長大なタイトルと、祝祭的で誇張されたファンファーレ風の楽句のみの短い演奏時間との落差が、サティ特有のユーモアを端的に示している。
初演は1921年10月27日、ロンドンのクイーンズ・ホールにてユージン・グーセンス指揮で行われた。
B1. 県知事私室の壁紙(Tenture de cabinet préfectoral)
ワシントンDC在住のユージン・メイヤー・ジュニア夫人(銀行家・出版業者の妻)からの委嘱により、彼女の邸宅の図書室などを「家具」として飾るための音楽として1923年に作曲された、小オーケストラ(フルート、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、打楽器、弦5部など)のための作品である。
4小節+5小節+3小節程度の短いセクションの組み合わせが、壁紙のように空間を覆う装飾的なパターンとして反復される。
B2: 錬鉄の綴れ織り(Tapisserie en fer forgé)
サティが「家具の音楽」のコンセプトを最初に具体化した作品である。1917年に作曲された。
フルート、クラリネット、トランペット、弦楽(コントラバスなし)のための短いフレーズ(約4小節、6/8拍子、ト長調など)が反復される。
B3. 音のタイル張り舗道(Carrelage phonique)
上記と同セット。フルート、クラリネット、弦楽のための短いパターン(約4小節)が反復される。
B4. ヴェクサシオン(Vexations)
「ヴェクサシオン(いやがらせ)」は1893年頃に作曲されたピアノ独奏曲である。約1分の主題に、通常の記譜法から逸脱した和声処理を伴う変奏が付され、楽譜の余白には「この動機を840回繰り返して演奏すること」という指示が記されている。サティの生前には出版・演奏されることはなく、死後に発見された。
1963年、ジョン・ケージの主導によりニューヨークのポケット・シアターで史上初とされる全840回の連続演奏が行われ(ケージ自身やクリスチャン・ウォルフら複数のピアニストが交代で演奏し、およそ18時間40分を要した)、この出来事によって同曲は一躍知られるようになった。
本アルバムに収録のダルベルトによる演奏は9分40秒であり、840回の完奏ではなく、楽曲の性格を提示する抜粋的な演奏として収められている。
音楽史的な影響関係
《家具の音楽》はサティの生前はほとんど演奏されず、サティの没後は忘れ去られていたが、1960年代にジョン・ケージらによって再評価され、1970年代以降に環境音楽(アンビエント・ミュージック)の先駆けとして捉えられるようになった。
《家具の音楽》は、ブライアン・イーノが1970年代半ば以降に確立した「アンビエント・ミュージック」概念の系譜上の祖形として繰り返し言及される。イーノ自身、自らの音楽的出自としてサティのこの作品を挙げたと伝えられ、『ディスクリート・ミュージック』(1975年)や『アンビエント1:ミュージック・フォー・エアポーツ』(1978年)に至る道筋のなかで、サティの「意識的に聴かれない音楽」という着想が繰り返し参照点とされてきた。ただし両者の音楽的実質には隔たりがあり、《家具の音楽》は密度の高い旋律的反復とやや不穏な色彩を持つのに対し、イーノの初期アンビエント作品は音数を絞り込んだ静的な持続を志向する点で異なる。
「ヴェクサシオン」に見られる、進行感を欠いた同一パターンの大量反復という発想は、ミニマル・ミュージックやドローンなどの、反復性や持続時間を主題化する後年の実験音楽の参照点の一つとなっている。
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