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スリー・ビルボード(2017年)

概説

『スリー・ビルボード』(原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri、「ミズーリ州エビング郊外の三枚の広告看板」)は、アイルランド出身の劇作家・映画監督、マーティン・マクドナーが自ら脚本・監督・製作を務めた2017年のイギリス・アメリカ合作のブラックコメディ/犯罪ドラマ映画である。主演はフランシス・マクドーマンド。

娘の未解決の強姦・殺人事件に憤る母親が、地方の警察を糾弾するために三枚の巨大な看板を設置したことから、小さな町の共同体が揺らぎ、怒りと暴力と赦しの連鎖が広がっていく物語である。

マクドナーの長編映画としては『ヒットマンズ・レクイエム』(2008年)、『セブン・サイコパス』(2012年)に続く三作目であり、舞台劇で培った台詞の鋭さとブラックユーモア、道徳的曖昧さを映画形式に移植した作品として位置づけられる。

着想の源は、1990年代後半にマクドナー自身がアメリカ南部をバスで旅した際に目にした、未解決事件を糾弾する実在の看板であった。フィクション化の過程で、被害者の父ではなく母を主人公に据え、強い女性像を中心に据えた点が特徴である。

公開後、批評面では脚本と演技が高く評価され、第90回アカデミー賞では主演女優賞(マクドーマンド)と助演男優賞(サム・ロックウェル)を受賞。ゴールデングローブ賞では作品賞(ドラマ部門)を含む四冠、BAFTA賞では五冠を獲得するなど、賞レースを席巻した。興行収入は製作費約1200万〜1500万ドルに対し世界で約1億6200万ドルを記録した。一方で、人種や警察暴力の扱いをめぐっては一部で批判も生じ、作品の倫理的複雑さが議論の対象となった。

予告編

作品データ

  • 原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri
  • 監督・脚本:マーティン・マクドナー
  • 製作:グレアム・ブロードベント、ピーター・チェルニン、マーティン・マクドナー
  • 製作会社:Film4、Blueprint Pictures
  • 配給:Fox Searchlight Pictures
  • 撮影:ベン・デイヴィス
  • 編集:ジョン・グレゴリー
  • 音楽:カーター・バーウェル
  • 出演:フランシス・マクドーマンド(ミルドレッド・ヘイズ)、ウディ・ハレルソン(ビル・ウィロビー)、サム・ロックウェル(ジェイソン・ディクソン)、アビー・コーニッシュ(アン・ウィロビー)、ルーカス・ヘッジズ(ロビー・ヘイズ)、ジョン・ホークス(チャーリー・ヘイズ)、ピーター・ディンクレイジ(ジェームズ)、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ(レッド・ウェルビー)、クラーク・ピーターズ(アバークロンビー)ほか
  • 公開日:2017年9月4日(第74回ヴェネツィア国際映画祭)、2017年11月10日(アメリカ限定公開)、2017年12月1日(アメリカ拡大公開)、2018年1月12日(イギリス)、2018年2月1日(日本)
  • 上映時間:115分
  • 製作国:イギリス
  • 言語:英語
  • 製作費:1200万〜1500万ドル

プロットの概要

架空のミズーリ州エビング。娘のアンジェラが7か月前に強姦され殺されたミルドレッド・ヘイズは、捜査が停滞したままであることに業を煮やし、町外れの朽ちた三枚の看板を1年間借り受ける。そこに「Raped While Dying(死に瀕してレイプされた)」「And Still No Arrests?(いまだに逮捕者なし?)」「How Come, Chief Willoughby?(なぜ、ウィロビー署長?)」と大書きする。
看板は町の人々、とりわけ地元で尊敬される警察署長ビル・ウィロビーとその部下ジェイソン・ディクソンを憤慨させる。ウィロビーは膵臓がんで余命短いことを隠さず、ミルドレッドに看板を下ろすよう説得を試みるが、彼女は屈しない。町内の緊張が高まるなか、個人的な報復や暴力が連鎖し、予想外の方向へ事態は転がり始める。

解説

制作の経緯・背景

マクドナーは1990年代後半、グレイハウンドバスでアメリカ南部を旅した際、テキサス州ヴィドー近くで「警察が事件を台無しにした」などと糾弾する看板群を目にした。実際には被害者の父が設置したものであったが、マクドナーは「激しい怒りと痛みと悲劇」を感じ、イメージが長く記憶に残ったと語っている。約10年の構想期間を経て、看板を設置する人物を母親に設定し直し、強い女性主人公を中心に据えた脚本を完成させた。

キャスティングでは、ミルドレッド役は当初からフランシス・マクドーマンドを想定して書かれた。マクドーマンドは年齢的に祖母役の方が自然だと提案したが、マクドナーは母子関係の切実さを優先し、最終的に彼女の夫ジョエル・コーエンの説得もあって受諾した。ディクソン役はサム・ロックウェルのために書かれた。マクドーマンドはジョン・ウェインを、ロックウェルはリー・マーヴィンをそれぞれ演技の参照点としたという。

撮影は2016年5月から約33日間、ノースカロライナ州西部(シルヴァ、ブラックマウンテン、ディルズボロなど)で行われた。ミズーリ州ではなくノースカロライナを選んだ主な理由は税制優遇であった。看板はブラックマウンテン近郊の牧場に実際に設置され、撮影期間中は地域住民への配慮から覆いがかけられることもあった。警察署はシルヴァのメインストリートにある家具店を改装して使用した。

特徴

本作は狭義のジャンル映画に収まらない。犯罪ドラマの体裁をとりながら、ブラックコメディのタイミングと台詞の機知、西部劇的な道徳的荒野のイメージを重ね合わせる。マクドナーの戯曲的な台詞術――容赦なく毒を含みつつも、感情の機微を突く――が全編を貫く。登場人物は誰一人として単純な善悪の枠に収まらず、暴力を振るう者も、正義を主張する者も、ともに傷つき、矛盾を抱えた存在として描かれる。

撮影技法と視覚的語法

撮影監督はベン・デイヴィス。対話と演技を優先し、過剰な視覚的演出を抑える方針がとられた。看板の赤い背景に黒文字という強烈なグラフィックが物語の視覚的中心をなし、町の日常風景との対比を際立たせる。火のシーン(警察署の放火、看板の焼失)は入念に準備された重要シーンであり、ディクソンが広告事務所を襲撃する場面は長回しで撮影された。

ロケーション

物語上の舞台は架空のミズーリ州エビングだが、実際の撮影地はノースカロライナ州西部の山間部である。シルヴァのメインストリートが町の中心として機能し、ブラックマウンテン近郊が看板のロケーションとなった。小さな町の閉鎖性と、風景の穏やかさが、物語の暴力性と対比をなす。

音楽

音楽はカーター・バーウェル。ギターとマンドリンを基調としたアメリカ中西部のフォーク的な響きを採用し、感情を過剰に説明せず、むしろ抑制的に支える。バーウェル自身は「音楽がなくても成立する脚本と演技」と評しつつ、暴力や敵意の場面で登場人物への共感を呼び起こす役割を担ったと述べている。劇中にはABBAやジョーン・バエズなどの既存曲も挿入される。

テーマ分析

本作の中心的な主題は、怒りと正義、赦しと暴力の循環である。ミルドレッドの看板設置は、未解決事件への正当な抗議であると同時に、共同体のバランスを破壊する行為でもある。ウィロビーは「正しい警察」の象徴として描かれながら、死を選ぶことで物語から退場し、ディクソンは人種差別的で暴力的な警官として登場するが、物語の進行とともに一定の変容を遂げる。しかし、その変容は完全な「贖罪」や「救済」ではなく、曖昧なまま残される。

人種問題や警察暴力の描写については、公開当時から批判が存在した。黒人被害者に対する警察の扱いが物語の背景にありながら、中心的な感情的焦点は白人キャラクターに置かれている点、そして暴力的な警官に共感の余地を与える構造が、一部の批評家から「問題の矮小化」や「過剰な人間化」と指摘された。マクドナーの意図は、善悪の二元論を拒絶し、傷を負った人間が互いを傷つけ合う現実を描くことにあったが、その倫理的なバランスは観る者によって大きく評価が分かれる。

また、娘の死をめぐるミルドレッドの罪悪感(最後の会話で「レイプされればいい」と言ってしまった記憶)は、物語の感情的な核をなす。正義を求める行為が、必ずしも正義を実現せず、時に新たな不正義を生むという逆説が、終盤の結末にまで貫かれている。

公開と評価

ヴェネツィア国際映画祭で脚本賞、トロント国際映画祭で観客賞を受賞し、賞レースの最有力候補となった。第90回アカデミー賞では作品賞を含む7部門にノミネートされ、主演女優賞と助演男優賞を受賞。ゴールデングローブ賞では作品賞(ドラマ)、女優賞、助演男優賞、脚本賞の4冠、BAFTA賞では5冠を獲得した。興行的にも成功し、世界興行収入は約1億6200万ドルに達した。

批評では脚本の機知と演技の厚みがほぼ一致して称賛された一方、人種や暴力の扱いをめぐる議論は公開後も続いた。Rotten Tomatoesでは批評家支持率90%前後(平均点8.4/10前後)、Metacriticでは88点前後と、全体として高い評価を維持している。

歴史的な位置づけ

マクドナーの映画作家としての成熟を示す作品として、また2010年代後半のアメリカ社会の分断や警察制度への不信を背景とする作品として、しばしば言及される。犯人を明示せず、解決を拒否する結末は、ジャンル的期待を意図的に裏切るものとして、今日でも議論の対象であり続けている。

ホームメディア

アメリカ合衆国では、Fox Home Entertainmentより2018年2月13日にデジタル配信が開始され、続いて同年2月27日に4K Ultra HD Blu-ray、Blu-ray、DVDが発売された。特典としてメイキング特集「Crucify ’Em: The Making of Three Billboards」およびマクドナー監督の短編『シックス・シューター』(2004年、アカデミー賞短編映画賞受賞作)が収録されている。

イギリスでは2018年5月7日にデジタル配信、5月21日にBlu-rayおよびDVDが発売された。4K Ultra HD Blu-rayも同日前後に展開され、後年にはZavvi限定スチールブック版(2019年11月)なども発売されている。

日本では20世紀フォックスホームエンターテイメントより2018年6月2日に2枚組ブルーレイ&DVDが発売された。特典には未公開シーン集、製作の舞台裏、短編『シックス・シューター』、スティル・ギャラリー、劇場予告編集などが含まれる。その後、単品ブルーレイ(2018年11月3日頃)や、ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン発売の4K Ultra HD Blu-ray(2021年5月26日頃)も市場に出ている。

オーストラリアでは2018年5月16日頃にDVDおよびBlu-rayが発売された。ドイツなど欧州諸国でも2018年6月頃に4K Ultra HD Blu-rayを含むパッケージが順次展開された。

検索リンク

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あらすじ(ネタバレあり)

看板の設置

架空のミズーリ州エビング。7か月前、10代の娘アンジェラが強姦の末に殺され、遺体を焼かれた事件は未解決のままである。母親のミルドレッド・ヘイズは、捜査が停滞していることに憤り、町外れの人通りの少ない道沿いに立つ朽ちた三枚の看板を、広告業者のレッド・ウェルビーから1年間借りる。初月分として5000ドルを前払いし、看板には順に「Raped While Dying」「And Still No Arrests?」「How Come, Chief Willoughby?」と大書きされる。

最初に看板を発見したのは、地元警察のジェイソン・ディクソン巡査である。彼はウィロビー署長に報告する。ウィロビーは膵臓がんで余命短いことを周囲に隠しておらず、看板が自分を名指しで批判していることに動揺しつつも、ミルドレッドの元を訪れて説得を試みる。しかしミルドレッドは屈せず、「警察は黒人を拷問するのに忙しくて、実際の犯罪を解決する気がない」と言い放つ。

町の反発と個人的な衝突

看板は町の人々の多くを不快にさせる。ミルドレッドの歯科医はウィロビーに同情的で、治療中に彼女を威嚇する。ミルドレッドは反撃として歯科医の親指の爪にドリルで穴を開ける。ウィロビーは彼女を尋問に呼び出すが、その最中に血を咳き出し、彼女の顔に血を吹きかけてしまう。彼はすぐに彼女を釈放し、自ら入院するが、まもなく医師の指示に反して退院する。

ミルドレッドと息子ロビーの関係はさらに悪化する。彼女は、アンジェラと最後に交わした喧嘩で「レイプされればいい」と言ってしまった記憶に苛まれている。元夫のチャーリー(元警官で暴力的な男)は看板を非難して訪れ、アンジェラが殺される直前に「一緒に暮らしたい」と頼んできたのを自分が拒んだことを明かす。ディクソンは母親の助言に従い、ミルドレッドの友人である黒人女性デニースを些細な薬物所持で逮捕し、圧力をかける。

ウィロビーの死

余命が迫っていることを悟ったウィロビーは、妻アンと二人の娘と穏やかな一日を過ごす。家族に苦しみを見せたくないウィロビーは、夜、家族が眠った後に馬小屋で自ら銃で頭を撃ち、自殺する。彼は複数の手紙を遺しており、その一通はミルドレッド宛てだった。アンがそれを届ける。手紙の中でウィロビーは、自殺の原因が看板ではないこと、アンジェラの事件を本気で解決しようとしていたこと、そして看板をさらに1か月分自分で費用を負担して掲示し続けるよう手配したことを告げる。

ウィロビーの死を知ったディクソンは激昂し、看板を出したレッドの事務所に押し入り、レッドを二階の窓から投げ落とす。この暴行を新任のアバークロンビー署長が見ており、ディクソンは解雇される。

報復の連鎖

看板が放火によって焼失する。ミルドレッドは警察署が空だと信じてモロトフカクテルを投げ込み、放火する。しかしその時、ディクソンは署内でウィロビーから自分宛てに書かれた手紙を読んでいた。手紙は「憎しみを捨て、愛を持て。そうすれば刑事になれる」と諭す内容だった。ディクソンは炎の中からアンジェラの事件ファイルを抱えて脱出する。通りかかったジェームズ(ミルドレッドと顔見知りで、彼女に好意を抱く小人症の男)が火のついた衣服を消し止め、ミルドレッドにアリバイを提供する。

ディクソンは病院で同室となったレッドに謝罪する。看板を設置した作業員の一人ジェロームが、複製の看板をミルドレッドに届け、彼女は看板を再建する。

決定的な転機と結末

退院したディクソンはバーで、ミルドレッドを以前威嚇した男が、アンジェラの事件と同じ手口で少女をレイプしたと自慢しているのを耳にする。彼は男のアイダホ州のナンバープレートを控え、DNA採取のために男の顔を爪で引っ掻き、自らは一方的に殴られる。

ミルドレッドはジェームズに礼を兼ねてデートをするが、そこにチャーリーが19歳の恋人ペネロープと現れ、酔って看板を焼いたのは自分だと告白する。間違った相手に報復したことを知ったミルドレッドは動揺し、デートを中断する。ジェームズはミルドレッドが自分と一緒にいるのを恥じたのだと思い込み、憤って去る。

アバークロンビーからDNA鑑定の結果を知らされたディクソンは、男がアンジェラの犯人ではないこと(事件当時海外に駐留しており、DNAも一致しない)を知る。それでも男が別のレイプの加害者である可能性が高いと判断したディクソンは、その事実をミルドレッドに伝え、二人はアイダホへ男を殺しに行くことを決める。

車中、ミルドレッドは警察署に放火したのは自分だと告白する。ディクソンはすでに察していたと応じる。二人は「本当に殺すのか」と互いに迷いを口にしつつも、「道中で決めればいい」と言い、車を走らせる。物語は、犯人が特定されないまま、不確かな正義の旅路に二人を送り出すところで終わる。