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ありふれた事件(1992年)

概説

『ありふれた事件』(フランス語原題: C’est arrivé près de chez vous、英題: Man Bites Dog)は、ベルギーの映画監督のレミー・ベルヴォー、アンドレ・ボンゼル、ブノワ・ポールヴールドによる1992年の長編映画である。

ベルギーのフランス語圏を舞台に、連続殺人犯の日常をカメラに収めるドキュメンタリー撮影班を描いたモキュメンタリー形式のブラックコメディー犯罪映画である。

フランス語原題は、ベルギーの日刊紙『ル・ソワール』の地方ニュースのコラム名「あなたの近所で起きたこと」に由来する。

制作会社はレ・ザルティスト・アノニム。

監督・製作はレミー・ベルヴォー、アンドレ・ボンゼル、ブノワ・ポールヴールド。

脚本はベルヴォー、ボンゼル、ポールヴールド、ヴァンサン・タヴィエ。

撮影はアンドレ・ボンゼル。

編集はレミー・ベルヴォー、エリック・ダルディル。

音楽はジャン=マルク・シュニュ、ローランス・デュフレーヌ、フィリップ・マランプレ。

主な出演者は、ブノワ・ポールヴールド(ベン役)、レミー・ベルヴォー(レミー役、監督)、アンドレ・ボンゼル(アンドレ役、カメラマン)、ジャン=マルク・シュニュ(パトリック役、第一録音技師)、アラン・オッペッツィ(フランコ役、第二録音技師)、ヴァンサン・タヴィエ(ヴァンサン役、第三録音技師)、ジャクリーヌ・ポールヴールド=パパール(ベンの母親役)、ネリー・パパール(ベンの祖母役)、ヘクター・パパール(ベンの祖父役)、ジェニー・ドレイ(ジェニー役、ベンの旧友)、ヴァレリー・パラン(ヴァレリー役、ベンの恋人)、マルー・マドゥー(マルー役、バーの女将)、ウィリー・ファンデンブロック(ボビー役、ボクシングのトレーナー)ほか。

言語はフランス語。

モノクロ、16mmフィルム撮影。上映時間は約95分(編集版は92分)。

予告編

ポスター

プロットの概要

撮影クルーが、強盗殺人で生計を立てているベルギーの連続殺人犯のベンに密着し、彼の日常と犯行をドキュメンタリーとして記録する。

物語は、ベンがさまざまな被害者を次々と殺害し、死体を遺棄する場面を軸に進行する。その合間に、ベンが家族や知人たちと交流する日常の場面が挿入される。

当初は観察者として振る舞っていたクルーは、ベンとの接触を深めるにつれて次第に中立的な立場を失っていく。撮影の費用を補填するためにベンに金銭的な援助を求め、やがてベンの積極的な共犯者へと変貌する。

解説

制作の経緯・背景

本作はブリュッセルの国立演劇映像高等学院(Institut National Supérieur des Arts du Spectacle、INSAS)での制作活動から出発した。ベルヴォーはINSASの卒業制作としてベンのキャラクターを主人公とする20分の短編を制作しており、長編版はその発展形である。

ベルヴォー、ボンゼル、ポールヴールドは共に映像制作を学ぶ仲間であり、資金のない状況でドキュメンタリーを撮るというアイデアから企画が生まれた。ベルヴォーによる原案をもとに、ボンゼル、ポールヴールド、ヴァンサン・タヴィエの4名が脚本に加わった。

ベルギーのタブロイドジャーナリズムやTVのドキュメンタリー番組の存在が企画の発想の一部になっており、本作の根底にはメディアの覗き見性とセンセーショナリズムに対する風刺がある。

本作は約100万ベルギーフラン(当時の換算で3万3千ドル前後)という極めて低廉な予算で制作された。撮影は約1年半にわたり、実在のロケーションと友人知人・家族のエキストラ、最小限の機材を使用してゲリラ的に行われた。

主なロケーション場所はベルギーのブリュッセルとナミュールの周辺である。

ポールヴールドの実の母親と祖父母は、自分たちが連続殺人犯を主人公とするフィクション映画に出演しているとは知らずに、「息子のドキュメンタリー」と信じて撮影に協力した。

映画としての特徴

本作のジャンル的な位置づけはモキュメンタリー(フェイク・ドキュメンタリー)である。

本作の形式的な特徴は、16mmモノクロフィルムによるハンドヘルド撮影と直接録音の組み合わせにある。劇映画的な演出を排除し、ドキュメンタリーのロケ撮影を徹底的に模倣することで、強固なシネマ・ヴェリテ的外観を獲得しているが、カメラワークやカットの繋ぎは入念に計算されている。

撮影クルーが共犯者へと転落するプロセスは、ドキュメンタリー映像制作の倫理的中立性という幻想に対する強烈な批判となっている。

連続殺人犯が、機知に富んだ巧みな話術で饒舌に語る、奇妙に魅力的な人物として描かれているのも本作の特徴である。本作はメディアが暴力を娯楽化するメカニズムを風刺しているが、観客はベンの魅力に引き込まれることで、自らも暴力を娯楽として消費しているという共犯性を問われることになる。

公開

本作は1992年5月、カンヌ国際映画祭の批評家週間部門で初上映された。同年9月にはトロント国際映画祭、10月にはニューヨーク映画祭でも上映された。ベルギーでは1992年8月20日にヘントで公開、フランスでも同年中に劇場公開された。アメリカでの劇場公開は1993年1月15日。

興行成績はベルギーで約120万ドル、フランスで200万ドル以上を記録し、アメリカ・カナダでは約20万5千ドルを稼いだ。全世界での興行収入は推定350万ドルに達した。

受賞・ノミネート

カンヌ国際映画祭批評家週間(1992年)では、国際批評家賞(FIPRESCIに相当)、SACD賞(最優秀長編賞)、青少年特別賞の3賞を受賞した。ベルギー映画批評家協会(UCC)によるアンドレ・カヴァン賞でベストフィルム賞を受賞している。また1994年2月の第5回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭では、レミー・ベルヴォーとアンドレ・ボンゼルが特別審査員賞を受賞している。

評価・受容

カンヌでの初上映は批評家から強い賛否両論を引き起こした。映画内の暴力表現、特に集団レイプの場面は倫理的な問題として激しく議論され、アメリカ合衆国ではNC-17レーティングが付与された。

しかし批評的には高い評価を獲得し、映画史的にはモキュメンタリー形式を暴力・犯罪テーマと接続した先駆的な作品として位置づけられている。

影響

本作はモキュメンタリーというジャンルの可能性を拡張し、暴力・犯罪を題材とする後続作品に広範な影響を与えた。特にミヒャエル・ハネケ監督の『ファニーゲーム』(1997年)やダニエル・ミナハン監督の『シリーズ7/ザ・バトル・ロワイアル』(2001年)との親縁性が指摘されている。また低予算フェイクドキュメンタリー形式は、後の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999年)や「ファウンド・フッテージ」映画群へと連なる文脈にある。

ブノワ・ポールヴールドは本作でベルギー国内外に知られる俳優となり、その後のフランス語圏映画を代表する存在の一人となった。

あらすじ(ネタバレあり)

映画はベンが列車内で女性を絞殺する場面で始まる。

ベンは強盗殺人で生計を立てている。主に女性や高齢者、郵便配達員などの被害者を絞殺または銃殺して金を奪い、死体を運河や大理石採石場に遺棄するのがベンの犯行の手口である。

撮影クルーがベンに密着し、彼の日常と犯行をドキュメンタリーとしてフィルムカメラで記録する。撮影クルーは監督のレミー、カメラマンのアンドレ、録音技師のパトリックの3人である。

ベンは金のために容赦なく殺人を犯す悪人だが、その一方では機知に富んだ巧みな話術で饒舌に語る、カリスマ的な魅力を持つ人物である。ベンは自作の詩を詠み、建築について語り、クラシック音楽を嗜み、ボクシングをしたりもする。

ベンは旧友のジェニーを訪れる。ベンは不動産業者が都市の再開発でジェニーをサブロン地区から強制的に立ち退かせたことに対する報復として不動産業者を射殺する。

人種差別主義者であるベンは建設現場で警備員として働くアフリカ系移民を射殺する。ベンはクルーに死体を遺棄させる。

ベンはTVリポーターを装って集合住宅に住む高齢女性を訪れる。女性が心臓の薬を服用していることに気づいたベンは、女性の耳元で大声で怒鳴る。女性は心臓発作を起こして死ぬ。

ベンは撮影クルーと海辺の町を訪れ、レストランで飲食をするが、泥酔して嘔吐する。

ベンは小売店を営んでいる実家を訪れ、母親、祖母、祖父に会う。

ベンは恋人でフルート奏者のヴァレリーを訪れ、ベン(ピアノ)とヴァレリー(フルート)は一緒にクラシック音楽を演奏する。

ベンと撮影クルーは隠れ家の廃墟でイタリア系のギャングと接触して撃ち合いになり、録音技師のパトリックが死ぬ。

パトリックに代わってフランコが録音技師としてクルーに加わる。

ベンは撮影クルーとともに郊外の邸宅に押し入り、女性を殴り倒し、男性を撃ち殺し、逃げ回る幼い少年を捕まえて枕で窒息死させる。クルーもベンの犯行を手伝う。

隠れ家の廃墟で再びイタリア系のギャングと撃ち合いになり、フランコが死ぬ。ベンはリカルド・ジョヴァンニという名の男を撃ち殺す。ベンと撮影クルーはビデオカメラでジョヴァンニを撮影していた別の撮影クルー3人に遭遇し、彼らを射殺する。

フランコに代わってヴァンサンが録音技師としてクルーに加わる。

ベンは撮影クルーを連れて知人のマルーが経営するバーを訪れ、オリーブと角砂糖を入れたカクテル「プティ・グレゴリー(Petit Grégory)」を作る。この場面は1984年にフランスで起きたグレゴリー・ヴィルマン殺害事件へのブラックユーモア的な言及である。カクテルのオリーブが角砂糖に縛り付けられているのは、事件で4歳のグレゴリーが手足を縛られた状態で川に浮かんでいたことに由来している。

ベンと撮影クルーがバーで夜通し飲んだ後、ベンは酔った状態で街を歩きながら「シネマ・シネマ(Cinéma Cinéma)」という歌(ジャン=マルク・シュニュ作曲)を大声で歌う。

ベンと撮影クルーは民家に侵入して夫婦を襲い、男性に銃を突きつけ、女性を集団レイプする。翌朝、カメラはナイフで惨殺されて内臓が飛び出した女性と射殺された男性の映像を記録する。

ベンの恋人と家族は、ベンが以前殺害したジョヴァンニの兄弟から殺害予告を受ける。

ベンはボクシングのスパーリングでケガをして入院する。ベンの母親と祖父が見舞いに来る。

退院したベンが自宅に戻ると、ベンの友人たち(ジェニー、ヴァレリー、ボクシングのトレーナーのボビー)がサプライズでベンの誕生日パーティーを催す。

撮影クルーはベンにホルスターをプレゼントする。

ベンはパーティー中に突然ボビーの頭を撃ち抜き、飛び散った血がジェニーとヴァレリーの顔に付く。ジェニーは顔に血が付いたまま、ベンにプレゼント(鳥の剥製)を手渡す。

郵便配達員の襲撃に失敗したベンは警察に逮捕され、刑務所に収監される。

ベンは脱獄して撮影クルーと合流する。ベンはヴァレリーの家で、肛門にフルートが挿入された状態で殺害されているヴァレリーを発見する。ベンの実家ではベンの母親も殺害されている。

高飛びするために廃墟の隠れ家に荷物を取りに行ったベンは、そこでカメラに向かって自作の詩を朗読中に銃で頭を撃ち抜かれる。監督のレミーとカメラマンのアンドレも撃たれる。カメラが床に落ちた後もカメラは回り続け、録音技師のヴァンサンが撃たれる様子を撮影する。

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