概説
『ヴードゥー(Voodoo)』は、アメリカのシンガー・ソングライター、プロデューサーであるディアンジェロ(D’Angelo、本名マイケル・ユージーン・アーチャー)による2作目のスタジオ・アルバムである。2000年1月25日にヴァージン・レコード/チーバ・サウンドからリリースされた。
1995年のデビュー作『ブラウン・シュガー(Brown Sugar)』から約5年を経て発表された本作は、ネオ・ソウルの枠組みを拡張し、R&B、ファンク、ジャズ、ヒップホップの要素を有機的に融合させた作品として位置づけられる。全13曲、総収録時間約78分54秒に及び、ほぼすべての楽曲が4分半を超える長尺構成となっている。
録音は1998年から1999年にかけて、ニューヨークのエレクトリック・レディ・スタジオで行われた。ソウルクエリアンズ(Soulquarians)と呼ばれる音楽集団の中核メンバーを中心に、多数のミュージシャンが参加した。リリース直後に全米ビルボード200で初登場1位を記録し、初週約32万枚を売り上げた。グラミー賞最優秀R&Bアルバム賞を受賞し、批評家からも同時代の最高傑作の一つとして高く評価された。

制作の背景
ディアンジェロは1974年バージニア州リッチモンド生まれ。幼少期から教会音楽に親しんだ後、1990年代半ばにネオ・ソウルの旗手として登場した。『ブラウン・シュガー』は商業的成功を収めつつも、続く作品の制作は長期化し、精神的な停滞や業界への違和感を伴った期間を経ている。
1997/98年頃に息子の誕生を契機に「Send It On」が書かれたことをきっかけに本格的なセッションが始まった。録音拠点として選ばれたのは、ジミ・ヘンドリックスが建設に関わったエレクトリック・レディ・スタジオである。
中心的な協力者はザ・ルーツのドラマー、アミール「クエストラブ」トンプソンである。クエストラブは共同プロデューサー的な役割を果たし、セッションの方向性を共有した。ジェームズ・ポイサー、J・ディラ(Jay Dee)、ロイ・ハーグローヴ、ピノ・パラディーノ、チャーリー・ハンターらが加わり、さらにコモンやエリカ・バドゥなどソウルクエリアンズ周辺のアーティストが同スタジオで並行して録音を行う環境が生まれた。セッションはしばしば、プリンス、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ジェームズ・ブラウン、カーティス・メイフィールド、フェラ・クティなどの「英雄」たちの音源を徹底的に研究し、長時間のジャムから楽曲を抽出する形で進められた。アナログ機材を多用し、ライブ感を重視した録音手法が採られた。エンジニアのラッセル「ザ・ドラゴン」エレベードが録音とミックスの大部分を担当している。
解説
本作の音楽的核心は、厳密な拍子や整然とした構造を意図的にずらした「酔い」のようなリズム感にある。クエストラブのドラムとピノ・パラディーノのベースを軸に、楽器同士が微妙に前後する「タイム・フィール」が全体を貫く。これはJ・ディラの影響を強く受けたものとされ、固定されたクリックに従うのではなく、人間的な揺らぎを積極的に取り入れるアプローチである。ディアンジェロ自身が大半の楽器を演奏し、重層的なヴォーカル・アレンジを構築する一方で、ロイ・ハーグローヴのホーンやチャーリー・ハンターのギター/ベースが、ジャズ的な即興性と空間的な奥行きを加えている。
テーマは性愛、愛の複雑さ、物質主義への批判、スピリチュアリティ、父親性、自己の再生など多岐にわたる。タイトルが示唆するように、音楽を一種の呪術的・儀式的な行為として捉える姿勢が通底しており、単なるネオ・ソウルの延長ではなく、ブラック・ミュージックの歴史を内在化しつつ再構築する試みとなっている。楽曲は開放的な構造をとり、テーマの提示から徐々に即興的な展開へと移行するケースが多く、聴き手に能動的な関与を求める。
各曲解説
「Playa Playa」(7:07):長い導入曲。オハイオ・プレイヤーズのサンプルを基に、手拍子を交えた不安定なグルーヴが徐々に厚みを増す。クエストラブのドラム、ピノ・パラディーノのベース、マイク・キャンベルのギター、ロイ・ハーグローヴのホーンが絡み合い、ディアンジェロの多層ヴォーカルがスワッガー(余裕のある自信に満ちた態度)を歌い上げる。全体の「ずれた」リズム感を予告する重要なトラックである。
「Devil’s Pie」(5:21):DJプレミアがプロデュースした、アルバム中最も直接的なヒップホップ・トラック。テディ・ペンダーグラスやファット・ジョーなどのサンプルを大胆に切り貼りし、物質主義と欲望への批判を展開する。重いビートとディアンジェロのヴォーカルが対峙し、R&Bとヒップホップの境界を揺さぶる。
「Left & Right」(4:46):メソッド・マンとレッドマンがラップを担当。Q-Tipがヴォーカル・パーカッションとして参加。ディアンジェロがほぼすべての楽器を演奏し、ファンカデリック的な騒乱と官能性を混在させる。当時の主流ヒップホップとの接点を意識しつつ、グルーヴの生々しさを優先した曲である。
「The Line」(5:15):アルバムの転換点。ラフィール・サディークのギターを除き、ほぼディアンジェロの一人多重録音。繊細なヴォーカル・アレンジが時間軸をずらしながら重なり、個人的な再生と生存への訴えを静かに語る。攻撃性を排した内省的な曲である。
「Send It On」(5:57):息子の誕生を背景に書かれた曲。クール&ザ・ギャングの「Sea of Tranquility」を引用・再構築し、ロイ・ハーグローヴのフリューゲルホルンとトランペットが抒情性を加える。誠実さと愛への信頼をテーマとし、パラディーノのベースが優美に支える。
「Chicken Grease」(4:36):カーティス・メイフィールドの「Mother’s Son」などを聴いた後のジャムから生まれた、解放的なファンク。クエストラブ、パラディーノ、ジェームズ・ポイサーのリズム・セクションが歪んだグルーヴを生み出し、創造の神秘を讃える歌詞が乗る。
「One Mo’Gin」(6:15):元恋人を回想するミディアム・テンポのバラード。パラディーノのベースを軸に、ディアンジェロのヴォーカルが内省的に展開する。導入部の会話的な断片が、ラフで親密な雰囲気を強化する。
「The Root」(6:33):チャーリー・ハンターがベースとギターを同時に担う、ミニマルで複雑な構造の曲。失恋と魂の空虚を歌いながら、ヴォーカルの多重化が一種の浄化へと至る。
「Spanish Joint」(5:44):ラテン・ジャズの影響が強い躍動的な曲。ハンターのギター/ベース、ジョヴァンニ・イダルゴのコンガ、ハーグローヴのホーン、クエストラブのドラムが絡み合い、集団的な祝祭性を帯びる。アルバム中で最も外向的なトラックの一つ。
「Feel Like Makin’ Love」(6:22):ユージン・マクダニエルズ作、ロバータ・フラックのヒット曲のカバー。パラディーノとクエストラブのリズムを基に、原曲の甘美さをスローで親密なグルーヴに再解釈したものである。
「Greatdayndamornin’ / Booty」(7:35):二つの部分からなるメドレー。希望と日常を歌う前半から、より官能的な後半へと移行する。
「Untitled (How Does It Feel)」(7:10):ラフィール・サディークとの共作。プリンスへのオマージュが明確なスロー・ジャムで、止めては進むグルーヴと触感豊かなギターが交錯する。アルバム版は7分を超える長尺で、性的・精神的な陶酔を静かに高めていく。ミュージック・ビデオの影響で広く知られるようになった曲である。
「Africa」(6:13):父親性、祖先、遺産をテーマとしたクロージング・トラック。クエストラブのドラムとギターが支え、スピリチュアルな余韻を残す。
評価
商業的にはプラチナ認定を受けた成功作である。批評的には発表当時から「傑作」との評価が支配的で、『タイム』誌は2000年の最優秀アルバムに選出し、『ヴィレッジ・ヴォイス』のPazz & Jop(パズ・アンド・ジョップ)の批評家投票では6位となった。グラミー賞では最優秀R&Bアルバム賞を受賞し、「Untitled (How Does It Feel)」は最優秀男性R&Bヴォーカル・パフォーマンス賞を受賞した。
後年の再評価でも、21世紀初頭のR&B/ソウルにおける画期的な作品として位置づけられ続けている。リズムの革新性、ライブ感を重視した録音手法、ジャンル横断的な統合が、後続のアーティストに広範な影響を与えたと指摘される。一方で、長尺でオープン・フォーム的な性格から、商業的なキャッチーさを期待するリスナーには難解に感じられる場合もあった。総じて、技術的完成度と音楽的深みの両面で、ネオ・ソウルの頂点の一つ、あるいはそれを超える作品として国際的に認められている。
収録曲
合計約78分54秒。
(収録時間は公式CD/主要なリリースに準拠。盤によって数秒の差異がある場合がある。)
- Playa Playa – 7:07
- Devil’s Pie – 5:21
- Left & Right(feat. Method Man & Redman) – 4:46
- The Line – 5:15
- Send It On – 5:57
- Chicken Grease – 4:36
- One Mo’Gin – 6:15
- The Root – 6:33
- Spanish Joint – 5:44
- Feel Like Makin’ Love – 6:22
- Greatdayndamornin’ / Booty – 7:35
- Untitled (How Does It Feel) – 7:10
- Africa – 6:13
人員
メイン
- ディアンジェロ – ヴォーカル、ほぼすべての楽器、アレンジ、プロデュース、ミックス、エグゼクティブ・プロデュース
主要参加ミュージシャン
- アミール「クエストラブ」トンプソン – ドラム、パーカッション
- ピノ・パラディーノ – ベース
- ロイ・ハーグローヴ – トランペット、フリューゲルホルン、ホーン
- チャーリー・ハンター – ギター、ベース
- ラフィール・サディーク – ギター、ベース、プロデュース(一部)
- ジェームズ・ポイサー – キーボード
- マイク「ディノ」キャンベル – ギター
- C. エドワード・アルフォード – ギター
- ジョヴァンニ・イダルゴ – コンガ
ゲスト
- メソッド・マン、レッドマン – ラップ(「Left & Right」)
- Q-Tip – ヴォーカル・パーカッション(「Left & Right」)
- DJプレミア – プロデュース、プログラミング(「Devil’s Pie」)
- アンジー・ストーン – 共作(一部)
テクニカル・スタッフ
- ラッセル「ザ・ドラゴン」エレベード – 録音、ミックス
- スティーヴ・マンデル – アシスタント・エンジニア
- トム・コイン – マスタリング
- ドミニク・トレニエ – エグゼクティブ・プロデュース、マネジメント
D’Angelo – Voodoo Promo Video
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