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キートンの大列車追跡(1926年)

概説

『キートンの大列車追跡』(原題:The General、別邦題:『キートン将軍』『キートンの大列車強盗』)は、バスター・キートン主演・共同監督による1926年のアメリカ合衆国のサイレント映画である。南北戦争中に実際に起きた「大機関車追跡」(Great Locomotive Chase、1862年、通称アンドリューズ襲撃)を下敷きにしつつ、機関士ジョニー・グレイが奪われた愛する機関車「ジェネラル号」と恋人を取り戻す過程を、精密に計算されたギャグと壮絶な実写アクションで描いた作品である。上映時間はバージョンによって異なるが、75〜79分程度(8巻)である。

キートンにとって独立制作期の大作であり、予算約75万ドルを投じた当時としては破格の規模を誇った。公開当初は興行的・批評的に低調だったが、後年に再評価が進み、現在ではサイレント映画、ひいては映画史全体における最高峰の一本と広く見なされている。アメリカでは1950年代半ばに著作権更新がなされなかったためパブリックドメインとなり、自由な上映・配信・翻案が可能である。

予告編

YouTubeで日本語字幕付きで全編を視聴

作品データ

  • 製作:バスター・キートン・プロダクションズ、ジョセフ・M・シェンク・プロダクションズ
  • 監督:バスター・キートン、クライド・ブルックマン
  • 脚本:バスター・キートン、クライド・ブルックマン(脚色:アル・ボースバーグ、チャールズ・スミス)
  • 原作:ウィリアム・ピッテンジャー『The Great Locomotive Chase』(南北戦争の実体験に基づく回顧録)
  • 撮影:デヴェロー・ジェニングス、バート・ヘインズ
  • 編集:シャーマン・ケル、バスター・キートンほか
  • 技術監督:フレッド・ガブリー
  • 主要キャスト:バスター・キートン(ジョニー・グレイ)、マリオン・マック(アナベル・リー)、グレン・キャベンダー(アンダーソン大尉)、ジム・ファーリー(サッチャー将軍)、フレデリック・ヴルーム(南軍将軍)、チャールズ・スミス(アナベルの父)、フランク・バーンズ(アナベルの兄)、ジョー・キートンほか(北軍将軍)
  • 配給:ユナイテッド・アーティスツ
  • 公開:1926年12月31日(東京)、1927年2月5日(ニューヨーク)など。
  • 言語:サイレント(英語インタータイトル)
  • フォーマット:35mmモノクロ、アスペクト比約1.33:1
  • 予算:約75万ドル
  • 興行収入:約100万ドル(世界)とされ、国内では製作費を大きく下回る結果となった。

プロットの概要

南北戦争開戦直後のジョージア州。ウェスタン&アトランティック鉄道の機関士ジョニー・グレイは、自らの機関車「ジェネラル号」と恋人アナベル・リーを何より愛している。南軍への入隊を志願するも、機関士としての価値を理由に拒否され、アナベルから臆病者と誤解されてしまう。

一年後、北軍スパイたちがジェネラル号を強奪し、偶然乗り合わせていたアナベルも連れ去られる。ジョニーは別の機関車「テキサス号」で単身追跡を開始し、線路の障害物や追撃をすり抜けながら敵地へと踏み込む。人家で作戦会議を盗み聞きし、アナベルを救出、ジェネラル号を奪還して南へ帰還する。帰路でも追撃をかわし、重要な橋梁を焼き落として北軍の侵攻を阻み、最終的に南軍の英雄として認められる。

解説

制作の経緯・背景

本作は、南北戦争中の1862年に北軍スパイ・ジェームズ・J・アンドリューズらがジョージア州で南軍の機関車を奪取し、線路を破壊しながら北上した実際の事件「大機関車追跡」を基にしている。原作となったピッテンジャーの回顧録は北軍側の視点で書かれているが、キートンとブルックマンは視点を南軍機関士に移し、個人的な愛と名誉の回復を軸とした物語に再構成した。

キートンは当初、チャタヌーガに保存されていた本物のジェネラル号を使用し、ジョージア州で撮影することを望んだが、所有者の拒否と戦後の景観変化により断念し、代わりにオレゴン州コテージ・グローブ周辺の狭軌鉄道と古い蒸気機関車を活用した。1926年夏、大量の機材・小道具・衣装を運び込み、地元住民や州兵をエキストラに起用して大規模なロケーション撮影を敢行した。キートン自身が多くの危険なスタントをこなしている。

高額な予算と興行成績の不振は、キートンの独立制作体制に終止符を打つきっかけとなり、その後メトロ・ゴールドウィン・メイヤーとの契約へとつながった。

特徴

本作の最大の特徴は、物語構造の厳密な対称性にある。前半はジョニーがジェネラル号を追う「北進の追跡」、後半は奪還後に北軍に追われる「南進の逃走」という、ほぼ鏡像関係をなす二部構成である。ギャグもこの構造に沿って配置され、前半で敵が用いた障害物や戦術が、後半でジョニー自身によって再利用される。

キートンの「石の顔」(Great Stone Face)と呼ばれる無表情の演技は、激しいアクションの中でむしろ感情の機微を際立たせている。機関車という巨大な機械と人間の身体が精密に絡み合う物理的コメディは、チャップリンの感傷性やロイドの現代的スリルとは異なる、乾いた機械的ユーモアを生んでいる。

歴史的事件を下敷きにしつつ、史実の厳密な再現ではなく、個人の英雄譚としての再話を優先した点も、キートン的な選択である。

撮影技法

撮影はほぼすべて実在の蒸気機関車と線路を用いた実写で行われ、ミニチュアや特殊効果への依存を最小限に抑えている。カメラは列車の動きに合わせてパンやトラッキングを多用し、長回しに近い連続したショットでアクションの臨場感を保つ。特に有名なのが、橋梁が崩落して機関車が川に落ちる場面で、実際に機関車を落下させた高価なワンテイクである。

キートンは機関車のカウキャッチャー(排障器)に乗ったり、屋根を走ったり、動く列車間を飛び移ったりと、命がけのスタントを自ら演じた。こうした身体的な危険と、画面構成の幾何学的な正確さが共存している点が、本作の映像的な完成度を支えている。

ロケーション

主なロケーションはオレゴン州コテージ・グローブ近郊である。狭軌の木材運搬鉄道が南北戦争期の景観を再現するのに適していた。マリエッタ駅を模したセットも同地に建設され、森林火災による中断を挟みながら撮影が進められた。橋梁崩落の場面も同地域の河川で撮影されている。

テーマ分析

本作を貫く主題は、機械と人間、個人の意志と歴史的大事件の交差である。ジョニーにとって機関車は単なる道具ではなく、恋人と同様の「愛するもの」であり、機械への親密な関係性が物語の推進力となる。入隊拒否という社会的評価の歪みを、身体的・機械的な実践によって覆す過程は、キートン作品に通底する「無力に見える個人が、環境と機械を駆使して状況を支配する」構造の典型である。

南北戦争という国家的悲劇を背景にしながら、戦争の大義や政治的対立を前面に出さず、個人の名誉と愛に焦点を絞る点も特徴的である。結果として、英雄譚でありながら過度に愛国的・感傷的にならない均衡が保たれている。

公開

アメリカでは1926年末から1927年初頭にかけて公開された。日本でもほぼ同時期に上映記録がある。公開当初の批評は「間延びしている」「ギャグが少ない」といった否定的なものが多く、興行も振るわなかった。

評価

初期の低調な反応から一転して、1950〜60年代以降のサイレント映画再評価の中で地位を確立した。アンドレ・バザンらのリアリズム批評の文脈でも、長回しと実写の身体性を重視する例として言及されることがある。

1989年にはアメリカ国立映画登録簿(National Film Registry)の初回選定作品の一つに選ばれ、「文化的・歴史的・美的に重要」と認定された。アメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)の「笑いの映画100選」や「映画100選」でも上位に位置づけられており、現在でもIMDbや各種批評サイトで極めて高い評価を維持している。

歴史的な位置づけ

キートンの独立制作期の集大成であり、サイレント末期の大作コメディの到達点の一つである。実物の機関車を用いた大規模アクションは、後の冒険映画やアクション映画の先駆例とも見なされる。興行的失敗がキートンのキャリア転換を促した点で、個人史的にも転換点となった。

パブリックドメイン

アメリカでは、著作権の更新がなされなかったため、1950年代半ばにパブリックドメインとなった。1926年公開の作品として、現行法の下でも公開から95年を経過しており、米国では自由に複製・上映・改変・配信が可能である。Internet Archiveや各種パブリックドメイン映画サイトで高画質版が入手でき、ウィキメディア・コモンズにも映像が収録されている。ただし、後年の音楽付き再編集版や特定の修復版には別途権利が存在するケースがある点に留意が必要である。

ホームメディア

パブリックドメインであるため、多数のDVD・Blu-ray・デジタル配信版が流通している。クライテリオン・コレクションなどから高品質な復元版が発売されており、カール・デイヴィスや久石譲による新スコア付き版も存在する。日本でも各種レーベルから発売されている。

リメイク

1956年にウォルト・ディズニーが『機関車大追跡(The Great Locomotive Chase)』として、より史実に近い非コメディの冒険映画としてリメイクした(主演:フェス・パーカー)。キートン版の直接的なリメイクは少ないが、列車追跡というモチーフは後続作品に影響を与えている。

その他のトピック

キートン自身は本作を『海底王キートン(The Navigator)』(1924年)と並ぶ自身の最高傑作の一つと評している。父親のジョー・キートンが北軍将軍役で出演している点も、家族的なつながりを示す興味深い事実である。サイレント期の物理コメディの極致として、チャップリン『黄金狂時代』(1925年)やロイド『要心無用』(1923年)と並び称されることが多い。

検索リンク

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あらすじ(ネタバレあり)

開戦と入隊拒否

1861年春、ジョージア州マリエッタ。ウェスタン&アトランティック鉄道の機関士ジョニー・グレイは、自らが運転する蒸気機関車「ジェネラル号」と、恋人アナベル・リーの二つを何より愛している。駅に到着したジョニーはすぐにアナベルの家を訪れる。そこへアナベルの兄が駆け込み、サムター要塞への攻撃と南北戦争開戦のニュースを告げる。父と兄は南軍への入隊を決意し、ジョニーもアナベルの前で志願の意思を示し、入隊事務所へ向かう。

入隊事務所で一番に並んだジョニーだったが、機関士としての技能が戦時に不可欠であることを理由に拒否される。理由を告げられなかったジョニーは、アナベルとその家族から「臆病者」と誤解される。アナベルは「軍服を着て戻るまで口を利かない」と宣言し、二人は疎遠になる。

ジェネラル号の強奪

一年が経過する。アナベルは負傷した父を見舞うため、ジェネラル号の列車に乗り北上する。ビッグ・シャンティで停車し、乗客と乗務員が食事のために降りた隙を突いて、北軍スパイの一団(アンダーソン大尉ら)がジェネラル号を奪取する。アナベルは荷物を取りに戻っていたため、そのまま連れ去られてしまう。

ジョニーはジェネラル号が走り去るのを目撃し、徒歩で追跡を開始する。手押し車、自転車を経て、キングストン駅で別の機関車「テキサス号」を確保し、単身で北上する追跡を続ける。途中で南軍部隊を乗せようとするが、連結が外れ、ジョニーは一人きりになる。スパイたちは線路に枕木を置いたり、車両を切り離したりして妨害するが、ジョニーは機転を利かせてそれらをかわしていく。

敵地での救出と奪還

ジョニーは北軍の占領地に深く入り込み、土砂降りの雨の中で空腹をしのぐために人家に侵入する。しかしそこは北軍将校たちの会合場所だった。慌ててテーブルの下に隠れたジョニーは、北軍の奇襲作戦(ロック川橋梁を経由した侵攻計画)を盗み聞きし、さらに同じ家に監禁されていたアナベルの姿を発見する。

夜、ジョニーはアナベルを救い出し、北軍の制服を着てジェネラル号に近づく。アナベルを麻袋に入れて物資に見せかけ、ジェネラル号を奪還して南へ逃走を開始する。北軍はテキサス号などを使って追撃を開始する。

南への逃走と橋梁崩落

帰路でも前半と同様の障害物や戦術が繰り返されるが、今度はジョニーがそれを仕掛ける側になる。追撃をかわしながら南下したジョニーは、ロック川の木造橋梁に火を放つ。北軍の追撃列車が燃える橋梁に差し掛かると、橋梁は崩落し、機関車ごと川に落下する(この場面は実際に機関車を落下させて撮影された)。

英雄としての帰還

南軍側に戻ったジョニーは、北軍の侵攻計画を報告し、偶然捕虜にした北軍将校とともに英雄として迎えられる。アナベルとの関係も修復される。ジョニーは南軍将軍から南軍将校の軍服と剣を授けられ、少尉に任命される。

ジョニーはアナベルとともにジェネラル号のもとへ戻り、機関車の側面に腰を下ろす。ジョニーはアナベルを抱きしめようとするが、通り過ぎる兵士たちから次々と敬礼を受けるため、左手でアナベルを抱き、右手で敬礼を返し続けるところで物語は閉じられる。